Red Fox

チベット国境で故国のために祈る〜あるチベット高僧の旅



 ナショナル・ジオグラフィックが1994年に制作したドキュメンタリー『ムスタン〜禁断の王国』から、インドに亡命したチベット仏教の高僧の一人、カムトルール・リンポチェ師がチベットの山々の見える国境で祈りを捧げる場面と、「チベット子供村」の場面がYouTubeにアップされているので、それに日本語字幕をつけてみました。

チベット国境で故国の解放を祈るリンポチェ師&チベット子供村
『ムスタン〜禁断の王国』より (5'35")
Rinpoche on the border of Tibet praying for Tibet to be free
Tibetan Children's Village (from Mustang: The Hidden Kingdom)

訳・字幕:Red Fox

(テキストで見る)

 この『ムスタン〜禁断の王国』は、ネパール領内にあるチベット族の自治王国のムスタン王国の2人の子供にダライ・ラマの下で伝統的仏教教育を提供するために、ダライ・ラマの代理としてリンポチェ師がダラムサラからムスタン王国に3ヶ月の旅をしたそのドキュメンタリーです。

ムスタン〜禁断の王国
(ナショナル・ジオグラフィック)

監督・撮影:トニー・ミラー
プロデューサー:ティモシー・カウリング、ヴェネッサ・ボーイ
出演:カムトゥルール・リンポチェ、ダライ・ラマ14世、ジクメーパルバル・ビスタ王、テンジン (僧侶)、ロブサン (僧侶)、パサン (馬主)、ダルサン・ワンドゥ&ワンドゥ・チョサン (ムスタン王国の2人の子供)
語り:ハリソン・フォード
音楽:ライル・メイズ
ロケ地:ムスタン王国、ダラムサラ
制作:1994年 ディスカバリープロダクション、インターピッド・フイルム
カラー、100分

 ムスタン王国はネパール東北部のチベットと国境を接するヒマラヤ地域にあり、南北80km、東西45kmの奈良県に相当する大きさで、8000m級の山々がそびえ立つ標高2700-4070mの峡谷に小集落が点在している人口およそ9000人の山岳王国で、1991年まで長い間外国人が立ち入り禁止だったために「禁断の王国」と呼ばれ、チベットの伝統や文化が古代そのままに残っている地域です。

 ここに出て来るカムトゥルール・リンポチェ師はニューヨークのチベット仏教協会『ネチュン財団』のウェブサイト上の紹介によれば、かなり偉い方のようです。

ネチュン財団
客員指導
カムトゥルール・リンポチェ師

 著名なチベット仏教学者。経典、タントラ教、および薬学の専門家として、現在これらの伝統を引き継ぐ数少ない指導者の一人である。彼はまた大成就瞑想のイニシエ−ションを世界各地で行う指導者として著名である。リンポチェ師はナンギャル寺院のニンマ派儀式長として、またネチュン寺院の指導者の一人として知られている。1990年にネチュン護衛の儀式書を発表。

 東チベットのカム州に生まれ。東チベットのガルジ・カムトルル・ミドロル・ジャンチョル寺院の共同大寺院長のドルジ・ナムゲの4代目の権現と認められた。最終的に彼は寺院の最高責任者となった。

 1960年にインドに亡命して以降、リンポチェ師はアッサムでチベット難民の生活クオリティの監督を行った。数年後にはチベット亡命政府の宗教局に加わり、最終的に同局書記長を勤めた。

 カムトゥルール・リンポチェ師はチベット国外でダライ・ラマ五世から伝わる権限、伝導と指導を持つ数少ないリンポチェの一人であり、未来の世代に指導を継続して行うためダライ・ラマ14世の要請によって、リンポチェ師はインドのダラムサラにチメ・ガツァル・リン寺院を建立した。

訳:Red Fox

 チベット仏教で「リンポチェ」とは「尊いもの」の意味で、転生ラマ(活仏)や宗教的指導者に与えられる称号。

 カムトゥルール・リンポチェ師が1960年に亡命したという事は、8万6000人のチベット人が死亡しチベット寺院が壊滅的に破壊され多くの僧侶が公開処刑された1959年の蜂起の翌年になるので、チベットの記憶は辛い思い出なのでしょう。



ムスタン王国のギュ村の祈祷旗 (標高4077m) (Bob Witlox)
 ここで貼られているカラフルな旗はチベット仏教の祈祷旗のルンタ (風馬旗) で、チベット、ネパールやインドにかけて用いられているもので、三角や四角の五色の旗が高い所から低い所に斜めに張られた糸に青 (天)・白 (風)・赤 (火)・緑 (水)・黄 (地) の順に張られます。

 これは祈祷者を仏の下に導くものではなく、平和、慈悲、強さと叡智をもたらすものと考えられ、風が吹く度にマントラと祈りがその地域一帯に広まり大気を清め、屋根や塔など高い場所から低い場所に向けてルンタを張る事で全てにご利益があるというもので、このドキュメンタリーではチベット国境でリンポチェ師が「全ての生きるものに幸福を」と祈りを行ったのも、そういう意味合いがあるのでしょう。


 リンポチェ師の国境訪問は恐らく、ダライ・ラマの代理としてムスタン王国の訪問中にドキュメンタリーの一環として現地の協力を得て行われたものと思われますが、映像でも馬を引いた一団が見られるように、荷馬か徒歩でのみ通行可能という地域で、山間の集落やテントに宿泊したりなどの行程で、ジョムソン空港から首都のロ・マンタンまで馬で6日、更にチベット国境までローマンタンから北にヒマラヤの山道を延々と登って3日という、なかなか簡単に行ける場所ではないようです。

ジョムソン空港 (標高2700m) は地図下端の3番、ムスタン王国の首都ローマンタン (3700m) は24-29番の赤印。ローマンタン北部の国境地帯は峠で標高は4000m台。両側のグレーの山岳地帯は標高5000-8000m。
写真中白線南がネパール、北がチベット。A-Eがローマンタン
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 Google Earthの衛星写真で見られるように、実際にムスタンとチベットの国境は8000m級の山々がそびえ立つ険しい山岳地帯で、現在複数の団体が『チベットへの行進』『チベット自由の聖火』と銘打ってチベット国境を目指して行進やリレーを行っている訳ですが、ネパールやインド側のチベット国境はどこも見てもヒマラヤ山脈なので、最後は標高4000mの山道を酸欠状態で登るタフなヒマラヤ登山大会になりそうです。





チベット子供村
Tibetan Children's Village (TCV)


2008年5月9日:チベット文化を保護するために生徒達は毎年『我が国チベットプロジェクト』を行う。今年のテーマはチベットと中国での暴力的弾圧への抗議の高まりに関して (TCV Lower Dharmsala)
 このドキュメンタリーでもう一つ触れられているのが『チベット子供村』ですが、これはインドに逃れて来たチベット難民の子供達にチベット語教育、仏教教育、チベット民族教育を行う学校で、インド各地に7校が運営され 1万5000人のチベット人の子供達が学んでいるものです。

 このドキュメンタリーでは、ダライ・ラマの下でチベット教育を受けさせるために子供をダラムサラに送るケースですが、TCVサポート団体KIKUのウェブサイトには、中国での同化政策・民族浄化に対してチベットの文化とアイデンティティを残すために、親がチベットに残り子供達をヒマラヤを越えてインドに亡命させるというケースが多く、中にはチベット人の妊婦がヒマラヤを越えてダラムサラで出産をして子供を託すケースもある旨が書かれており、地上から「チベット人」と「チベット文化」を消滅させないための民族全体の強い意思がそこに見られます。


2008年5月2日:「中国は2008年五輪開催に価するか」のテーマで英語ディベート大会が行われた。XBクラスのテンジン・ザンポ君の優秀なスピーチは聴衆の心を掴み第一位を獲得した (TCV Lower Dharmsala)
 ちなみに本ブログで何度か取り上げた事のある、SFTのテンジン・ドルジ副代表もこの『チベット子供村』の出身で、インド育ちながら流暢なチベット語を話すビデオがYouTubeでも見られます。

 またインドで育った亡命チベット人が英語を流暢に話せるのは、TCVで英語ディベート教育も行っている事が大きいようで、またこれが亡命チベット人が世界にネットワークを確立する事を可能にした大きな理由の一つでしょう。

チベット子供村ダラムサラ校での英語ディベート (0'26")

Posted by lowertcvschool (2008.5.2)

チベット子供村ダラムサラ校での英語演説コンテスト (0'30")

Posted by phoeniz123 (2008.3.28)

 演説というよりも演劇みたいですね。

 ここダラムサラでは随分レベルの高い教育を行っているようですが、だからこそチベットから子供達を送り出すのも、ムスタン王国のような高山集落からも、次世代に高度教育を受けさせたいという民族全体の渇望に見えます。




余談:

 『ムスタン〜禁断の王国』のビデオは、YouTubeにポストされていたものにそれが一体いつどこで何のために撮影されたものかの情報が一切書かれていなかったために、最初は亡命チベット人や支援団体が制作してYouTubeにアップした数あるビデオの一つと思っていたのですが、それにしては映像の作りや質が映画並みのクオリティで、音楽も本格的なので一体これは何だと思って「Khamtrul Rinpoche」の名前だけをキーワードに2週間ほど検索してようやく見付けたといういきさつがありました。アマゾンに中古ビデオが1点だけあったものを注文したので、また内容の確認が出来たら追記で報告するかもしれません。

 ドキュメンタリーの正体を突き止めて更に分かったのが、ナレーションがかのハリソン・フォード、それから音楽担当がパット・メセニー・グループのライル・メイズと、かなりの大物を起用していた事です。今から18年前の1994年にディスカバリーチャンネルがチベット仏教、亡命チベット人やチベット人学校のドキュメンタリーに随分と力を入れて制作していたのが今となっては驚きではあります。


1994年頃のハリソン・フォード (Popstar Plus)

ライル・メイズ (Ted Kurland Assosiations)




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