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仙台空港の再開 --- 米軍特殊部隊による空港回復作戦


 トモダチ作戦の米軍が最初の目標としたのが支援物資輸送のハブ空港の確保としての仙台空港の復旧であった事は、米空軍第353特殊作戦群指揮官のロバート・トス大佐の作戦終了時の記者会見でも説明されていた。

 実際、津波の直撃を受け使用不能状態だった仙台空港の飛行場機能をわずか3時間で復旧させたのは、沖縄駐留の特殊部隊を動員しての戦場さながらの作戦だった事は当時日本では一部のメディアや個人ブログ等で触れられたのを除き余り報じられていなかったが、今回から数回にわたってその詳細を振り返ってみる事にする。

 この空港回復作戦を行ったのは、夜間や悪天候など視界不良の悪条件において敵地への低空飛行での潜入・着陸訓練を受けた飛行隊と、パラシュート降下で敵地潜入をして負傷兵の捜索・救出・応急医療処置を行う落下傘救助隊員、そして地上に管制機能を自前で確保し着陸機を誘導し着陸させる戦闘管制班 (CCT) などから成る空軍の特殊部隊である。

 震災のわずか9日前にも、嘉手納基地でのパラシュート降下訓練や低空飛行訓練がアフガニスタンやイラクでの特殊作戦に直結しているとしんぶん赤旗に批判されていたのがこの第353特殊作戦群の第320特殊戦術中隊だ。[>>1]

 しかしながら「これまで見た中で最も荒れ果てた空港」と米空軍少佐に言わせた津波後の仙台空港をスピード再開し東日本大震災の復興支援に大きな貢献をしたのが、基地反対派には何かと槍玉に挙げられる嘉手納基地のこの部隊であった。

2011年3月、仙台空港に着陸する米軍特殊作戦機MC-130Pコンバットシャドウ。赤い旗は滑走路の利用可能範囲を示すマーカー。(チコ@ありがとう作戦)

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