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これらの記事は、「各社特派員決死の筆陣『支那事変戦史』」(1937年2月18日刊) という本から『反日ワクチン』の小楠さんがテキスト起こしをしてブログに掲載されたものです。ここで重要なのは、大山事件が単なる暗殺事件ではなく、肉体破壊の限りを尽くした猟奇趣味的な殺人事件である点であり、それは通州事件とも同種のものです。
通州の日本人と朝鮮人居住者の212人が殺害され、日本世論を硬直させた7月29日の通州事件から12日後に起きたこの「大山中尉殺害事件」は、当日の夜に朝日特電によって日本で報じられています。ここでは当時中国主要都市各地に設けられていた外国人共同租界(外国人居住地区)内で、あたかも現代のイラクのテロリストを彷彿させるような中国兵の様子が描かれています。
註:ここでの引用文は戦前の記事のため、読み易さのために句読点やフリガナを追加、漢数字をアラビア数字に置き換え、現在一般的でない漢字表記や送り仮名表記を現代のスタイルにしているので(表記の変更で文章自体は同じ)、原文はリンク先の『反日ワクチン』さんのエントリーを参照下さい。
上海朝日特電 1937年8月9日
日本海軍特別陸戦隊 午後9時45分発表
陸戦隊第一中隊長海軍中尉・大山勇夫は、一等水兵・斎藤
現場を検視するに、頭部腹部には蜂の巣の
形にして敵の侵入を防ぐもの。さかもぎ
出典:各社特派員決死の筆陣『支那事変戦史』(1937年2月18日刊)
『大山事件特派員特電』(『反日ワクチン』 2007.7.6)より転載
http://vaccine.sblo.jp/article/4608857.html
![]() (写真:Vitrual Shanghai) |
東中野修道氏の『南京事件の徹底検証』によれば、東亜同文会1938年出版の『新支那現勢要覧』に掲載された日本海軍上陸隊の捜査結果には「大山は後頭部の銃撃が致命傷で即死であり、死亡した後にもなお中国保安隊は更に死体にダメージを与え続け、頭部は二つに割れ、顔の半分は無くなり、内臓が飛び出し、心臓の位置には拳大の穴が空いていた」[*2]とあると言及されています。
事件翌日の8月10日付けの東日(現在の毎日新聞)の特電にもその様子が書かれています。
上海大毎・東日特電 1937年8月10日
![]() 写真:『反日ワクチン』より |
大山中尉の死体は、虹橋路を虹橋飛行場に突き当って右に折れ、碑坊路(モニュメント路)を北行すること、約7、8町鉄条網を張りめぐらした飛行場の北端に近い道ばた、血の海の中に横たわっていた。案内役の支那巡警が差出すカンテラの光に死体の上を窺うと、立ち会いの支那側代表、張定栄市政府秘書、朱英保安隊参謀主任でさえ見るに
午後7時半、最初に死体確認のため現場を視察した、陸戦隊・重村大尉の談によれば、最初見た時は頭蓋骨粉砕、骨折や刺し傷はなかったというから、これらはいずれもその後死体に加えられた暴行であることが明らかで、その暴挙を敢えてするのは全く鬼畜の仕業だ。傍らに横たわる自動車を見れば一面の弾痕だ。車内は血に染まっている。
斎藤一等水兵の死体はそれより東方十数メートルの豆畑の中に哀れにも仰向けに放り出されてあった。斎藤水兵は後ろから身に数弾を受け運転台から転げ落ちながらもなお敵に応戦したらしいが、幾つもの残酷な傷があり、両名とも身ぐるみ全部掠奪されている。四方から一斉に撃たれた模様で、あたり一面は文字通り血の海である。午前四時過ぎようやく詳細な検証を終えた。
殺害の際に徹底的な死体損壊と貴重品の略奪を行うと言うやり方も通州と全く同じです。
この事件はイギリス、フランスとアメリカの警察によって現場検証されていますが、その捜査結果は逆に大山中尉が被害者であったと、フランス人のクロード・ファレーレによって証言されています。
『支那』1938年9月号
日本軍は驚嘆すべき冷静さを持していた。彼等は最も優秀なローマの警官の教える所を実行したのである。彼等は自動車にも死骸[*3]にも決して手を触れなかった。彼等は上海の支那人の市長及び英仏米の官憲を招致した。待つ間もなくその人々はやって来た。人々は事件の検証を行った。
支那兵が虐殺されて、百歩以上の距離の所に横たわっていた。しかし、その実地検証は、なんの異議もはさまれることなく、次のような事実を確認した。すなわち、この男は可愛そうにその同僚から自動拳銃によって、背後から射撃されたのであって、その後その日本人暗殺に対してクロード・ファレール「支那紀行」〜『支那』1938年9月号、p198、東亜同文会
フランス語版が『Revue des deux mondes』1938年5月号にも掲載
『真実の証言』(『真・日本史』2000)より転載
http://www10.plala.or.jp/yosioka/syougen.htm
つまり、その死亡した中国兵は中国側によって殺害され、大山中尉殺害の理由作りのためにその死体がその場に持って来られたとの捜査結果に至っており、英仏米の警察は「大山が中国兵を殺害したために正当防衛のために射殺した」と言う中国側の主張を退けたとの事です。
ファレールの証言は、事件の3日後に国民新聞(東京新聞)と新愛知新聞(中日新聞)で発表された日本の海軍省副官の談話との内容の一致を見る事が出来ます。
国民新聞、新愛知新聞 1937年8月12日
海軍省では上海の大山事件に関し、12日午後0時30分副官談の形式をもって左の如く発表した。
【海軍省副官談】
大山大尉・斉藤兵曹虐殺事件、該地検証の結果は左の通りである。
8月10日正午より約八時間にわたり、我が方よりは田尻駐在武官、山内陸戦隊参謀、吉岡・福井両領事、東川憲兵少尉、支那側より、周市政府秘書長、趙淞滬警備司令部副官、上海工部局側よりクローチ特察長(英国人)ら立会い、実地検証を行ったが、
支那側は事件の直接関係者及び実見者[*5]を出さず、主として趙副官我が方の質問に対応し、その言うところ全然条理[*6]を失い、ひたすら真相を
*8. 所説:説いている事柄、*9. 更改:過去の決定を新たなものに変える事、*10. 反問:聞き返す事
『支那事変戦史』(反日ワクチン) より
http://vaccine.sblo.jp/article/4608857.html
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中国側の当時の報道では、大山中尉が二名だけで飛行場に進入し大山中尉側が先に発砲を始めたため射殺したとなっているようですが、それは前エントリーで扱った英語版や中国語版のウィキペディアでも全くその通りの記述になっており、それが中国側の資料のみを参考に書かれた事から、現在も中国側の歴史書では中国側の正当防衛とされているようです。しかし当時の1937年8月11日の『東京朝日新聞』では、大山中尉は武器を所持しておらず、斎藤水兵は拳銃を所持してはいたもののホルスターに入ったままと報道されてるようで、そもそも中国側の主張が上記の日本側の報道とは全く食い違っています。
大山事件は張治中が蒋介石の許可なしに事件を起こしたとか、盧溝橋事件は共産党によって仕組まれたという陰謀説もありますが、ただ盧溝橋事件から第二次上海事変までの全体的な流れを見ていると、日中が停戦協定を結んでも、1937年7月に近藤二等兵殺害事件 (7/14)、廊坊事件 (7/25)、広安門事件 (7/26)、通州事件 (7/29) などの日本人襲撃殺害事件が同月に連発しており、そのうち近藤二等兵事件や通州事件においては凄まじい残虐方法で殺害されています。
過去幾つかのエントリーを振り返って見て少なくとも言える事は、このような肉体破壊系の殺害方法は、中国においては「処刑」の意味を持っており、また身ぐるみ剥がすという行為は死者を辱める事であり、また通州事件と同様に戦利品の略奪という盗賊行為は勝利の証であるという事などですが、根本的に日本人に対する凄まじい憎悪がそこにあった事が伺えます。それは一説によると、1915年の対華二十一か条要求以来の国民党政府による反日教育を受けた世代が成人した頃に支那事変が起こったのだとも言われています。
そして66年後・・・
朝日新聞 2003年11月28日
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女子学生「日本人はすべて悪いのか」
中国人学生「そうだ」
女子学生「あなた方は昨晩の日本人の寸劇を実際に見たのか」
中国人学生「見ていない」
女子学生は駆けつけた中国人警備員に助けられた。顔から血が流れ、部屋のストーブやトイレは壊され散乱していた。 ・・・
午後11時ごろ、再び中国人の学生らが広場に集まってきた。他大学の学生とみられる集団が赤い旗を先頭に到着するたび拍手で迎えられた。まもなく、2度目の留学生宿舎乱入が始まった。
日本人の男子学生が殴られ、けがをした。腕時計と財布も盗まれた。部屋のトイレに隠れた女子学生はドアに穴を開けられ、顔を見られた。乱入者は「女でも殴ろうか、やめておこうか」と議論したあげく、部屋の窓ガラスを割った。・・・
http://www.geocities.co.jp/WallStreet/9896/j_news.html#112801
2003年の10月に西安で起きた反日暴動はまだ記憶に新しいですが、現代の中国では虐殺こそ起こらなくてもやはりデジャブのような記述が朝日新聞の記事にあります。そして彼等は90年代にエスカレートした江沢民の反日教育で育った世代でもあります。
東京朝日新聞
昭和12年8月12日(木曜日)夕刊 1面
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関連エントリー:
・歴史から消された広安門事件と廊坊事件 (2007.7.11)
・通州虐殺の惨状を語る 生き残り邦人現地座談会 (2007.7.16)
・英語・中国語版Wikipediaにおける大山事件と第二次上海事変の記述 (2007.8.18)
・猟奇的な大山中尉殺害事件 (2007.11.14)
・上海事変における中国人による日本人捕虜の残虐処刑 (2007.11.4)
・日本人捕虜の残虐処刑写真に関する中国人の議論 (2007.11.9)
・中国の死刑写真とBBC『南京大虐殺』の酷似 (2007.10.28)
・河北省農村襲撃事件のビデオ (2005.6.17)
・生きた牛が虎の餌 中国のサファリパークの残酷見せ物 (2007.5.25)
・現代中国の私刑 (2008.1.22)
このエントリーが紹介されている掲示板:
・日本人捕虜の残虐処刑写真に関する中国人の議論(「Red Fox」から) (阿修羅) 2007年12月10日 10:50:14 忍さんの投稿
・No.117833:Re:毒餃子 (チャンネル桜掲示板) 2008年2月6日 16:11 少年グザイさんの投稿
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