本日は終戦記念日と言う事で、東條英機元首相の遺書を紹介させて頂きます。
この公的遺書は、昭和23年12月23日の0時01分の死刑執行の直前、12月22日午後9時半から10時半に、独房における最後の面会の際、あらかじめ用意してあった文章を東條が読み、当時巣鴨拘置所の教誨師で東條ら7人の「A級戦犯」の処刑に立ち会った花山信勝氏が筆記したものです。
これは読む人によっていろいろ解釈が分かれたり、特にリアルタイムの世代の方達は複雑な思いが強いようですが、興味深いのは、第二次大戦の最高責任者の立場にあった人物が、敗戦の3年4ヶ月後に何を語っていたかと言う事です。そこでは朝鮮の南北分断や共産主義の台頭から来たるべき冷戦時代や朝鮮戦争を予見し、武力放棄による平和主義に不安を持ち、それでもアメリカに日本の将来を託さざるを得ない大戦の時代の日本の指導者の複雑な思い、更に敗戦と国民を苦境に陥れた事への贖罪の思いと同時に、勝者の論理で罪に問われた事への批判が描かれています。
また、当時の世界における有色人種の地位と言うもの、これは現代の感覚からでは想像を絶するような状況であった事もこの遺書から伝わって来ます。
これまでもあきら氏の日記から、南京事件考、通州事件の記事や清瀬一郎の東京裁判の冒頭陳述を紹介しましたが、これはあきら氏が先週日記で紹介されたものを基に、現代の世代の人には馴染みの薄い表現に注釈とフリガナを加えたものです。当時の文章はなかなかすんなりは読みにくいのですが、細かい微妙な表現も全て見る事で、東條氏の人物像がより見えて来るものと思います。
東條英機元首相 公的遺書 全文
遺 書
開戦当時の責任者として敗戦のあとをみると、実に断腸の思いがする。今回の刑死は個人的には慰められておるが、国内的の自らの責任は死を以て贖えるものではない。
しかし国際的の犯罪としては無罪を主張した。今も同感である。ただ力の前に屈服した。自分としては国民に対する責任を負って満足して刑場に行く。ただこれにつき同僚に責任を及ぼしたこと、又下級者にまで刑が及んだことは実に残念である。
天皇陛下に対し、又国民に対しても申し訳ないことで深く謝罪する。
元来日本の軍隊は、陛下の
仁慈[1]の
御志に
依り行動すべきものであったが、一部過ちを犯し、世界の誤解を受けたのは遺憾であった。
此度の戦争に従事してたおれた人及び
此等の人々の遺家族に対しては、実に相済まぬと思って居る。心から陳謝する。
1. 仁慈 (じんじ):いつくしみ
今回の裁判の是非に関しては、もとより歴史の批判を待つ。もしこれが永久平和のためということであったら、も少し大きな態度で事に臨まなければならないのではないか。此の裁判は結局は政治的裁判で終わった。勝者の裁判たる性質を脱却せぬ。
天皇陛下の御地位は動かすべからざるものである。天皇存在の形式については敢えて言わぬ。存在そのものが絶対必要なのである。それは私だけではなく多くの者は同感と思う。空気や地面の如く大きな恩は忘れられぬものである。
東亜の諸民族は今回のことを忘れて、将来
相協力すべきものである。東亜民族も
亦他の民族と同様に天地に生きる権利を
有つべきものであって、その有色たるを
寧ろ神の恵みとして居る。
印度の判事
[2]には尊敬の念を禁じ得ない。これを
以て
東亜諸民族の誇りと感じた。
今回の戦争に
因りて
東亜民族の生存の権利が了解せられ始めたのであったら幸いである。列国も排他的の感情を忘れて共栄の心持ちを以て進むべきである。
2. パール判事の事
現在日本の事実上の統治者である米国人に対して一言するが、どうか日本人の米人に対する心持ちを離れしめざるよう願いたい。又日本人が赤化しないように頼む。大東亜民族の誠意を認識して、これと協力して行くようにされねばならぬ。実は東亜の他民族の協力を得ることが出来なかったことが、今回の敗戦の原因であったと考えている。
今後日本は米国の保護の下に生きて行くであろうが、極東の大勢がどうあろうが、終戦後、僅か三年にして、亜細亜大陸赤化の形勢は斯くの如くである。今後の事を考えれば、実に憂慮にたえぬ。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上もないではないか。
今、日本は米国より食料の供給その他の援助につき感謝している。しかし、一般人がもしも自己に直接なる生活の困難やインフレや食料の不足などが、米軍が日本に在るが為なりというような感想をもつようになったならば、それは危険である。依って米軍が日本人の心を失わぬよう希望する。
今次戦争の指導者たる米英側の指導者は大きな失敗を犯した。第一に日本という赤化の防壁を破壊し去ったことである。 第二には満州を赤化の根拠地たらしめた。第三は朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめた。米英の指導者は之を救済する責任を負うて居る。従ってトルーマン大統領が再選せられたことはこの点に関し有り難いと思う。
日本は米軍の指導に基づき武力を全面的に抛棄した。これは賢明であったと思う。しかし世界国家が全面的に武装を排除するならばよい。然らざれば、盗人が跋扈する形となる。(泥棒がまだ居るのに警察をやめるようなものである)
私は戦争を根絶するためには慾心[3]を人間から取り去らねばと思う。現に世界各国、何れも自国の存在や自衛権の確保を主として居る(これはお互い慾心を抛棄しておらぬ証拠である)。国家から慾心を除くということは不可能のことである。されば世界より今後も戦争を無くするということは不可能である。これでは結局は人類の自滅に陥るのであるかも判らぬが、事実は此の通りである。それ故、第三次世界大戦は避けることが出来ない。
第三次世界大戦に於いて主なる立場にたつものは米国およびソ連である。第二次世界大戦に於いて日本と独乙というものが取り去られてしまった。それが為、米国とソ連というものが、直接に接触することとなった。米ソ二国の思想上の根本的相違は止むを得ぬ。この見地から見ても、第三次世界大戦は避けることは出来ぬ。
第三次世界大戦に於いては
極東、即ち日本と支那、朝鮮が戦場となる。
此の時に当たって米国は武力なき日本を守る策を立てねばならぬ。これは当然米国の責任である。日本を属領と考えるのであれば、また何をか言わんや。そうでなしとすれば、米国は
何等かの考えがなければならぬ。米国は日本八千万国民の生きて行ける道を考えてくれなければならない。
凡そ生物として自ら生きる生命は神の恵である。産児制限の
如きは神意に反するもので行うべきでない。
3. 慾心 (よくしん):欲心
なお言いたき事は、公、教職追放や戦犯容疑者の逮捕の件である。今は既に戦後三年を経過して居るのではないか。従ってこれは速やかに止めてほしい。日本国民が正業に安心して就くよう、米国は寛容の気持ちをもってやってもらいたい。
我々の処刑をもって一段落として、戦死傷者、戦災死者の霊は遺族の申し出あらば、これを靖国神社に合祀せられたし。出征地に在る戦死者の墓には保護を与えられたし。戦犯者の家族には保護をあたえられたし。
青少年男女の教育は注意を要する。将来大事な事である。近事[4]、いかがわしき風潮あるは、占領軍の影響から来ているものが少くない。この点については、我が国の古来の美風を保つことが大切である。
今回の処刑を機として、敵、味方、中立国の国民
罹災者[5]の一大追悼慰霊祭を行われたし。世界平和の精神的礎石としたいのである。勿論、日本軍人の一部に間違いを犯した者はあろう。
此等については
衷心[6]謝罪する。
然しこれと同時に
無差別爆撃や
原子爆弾の投下による悲惨な結果については、米軍側も大いに同情し
憐憫[7]して
悔悟あるべきである。
4. 近事:近頃の出来事、
5. 罹災者 (りさいしゃ):被災者
6. 衷心 (ちゅうしん):まごころ、
7. 憐憫 (れんびん):憐れむこと
最後に、軍事的問題について一言する。我が国従来の統帥権独立の思想は確に間違っている。あれでは陸海軍一本の行動は採れない。兵役制については、徴兵制によるか、傭雇兵制によるかは考えなければならない。我が国民性に鑑みて再建軍隊の際に考慮すべし。再建軍隊の教育は精神主義を採らねばならぬ。忠君愛国を基礎としなければならぬが、責任観念のないことは淋しさを感じた。この点については、大いに米軍に学ぶべきである。
学校教育は従前の質実剛健[8]のみでは足らぬ。人として完成を図る教育が大切だ。言いかえれば、宗教教育である。欧米の風俗を知らす事も必要である。
俘虜[9]のことについては研究して、国際間の俘虜の観念を徹底せしめる必要がある。
8. 質実剛健:飾りけがなくまじめで、たくましく、しっかりしていること、9. 俘虜 (ふりょ):捕虜
辞 世
我ゆくもまたこの土地にかへり来ん
国に報ゆることの足らねば
さらばなり苔の下にてわれ待たん
大和島根に花薫るとき
尚この遺書は、祖父東條英機「一切語るなかれ」岩浪由布子 著 文春文庫から引用紹介させていただきました。お読みいただき有り難うございます。靖国の御霊の心安らかなることを祈ります。
東條英機元首相 私的遺書 全文
昭和23年11月12日の死刑判決の6日後の11月18日、花山信勝師と面談時の遺書。
花山師と
面晤の機あるに依り左件を
東條
一、裁判も終わり一応の責任を果たし、ほっと一安心し、心安さを覚える。刑は
余[1]に関する限り当然のこと、
唯責を一身に負い得ず、僚友に多数重罪者を出したること心苦しく思う。本裁判上、陛下に
累[2]を及ぼすなかりしはせめてもなり。
1. 余 (よ):自分、2. 累 (るい):悪影響、迷惑
二、裁判判決
其のものについては、
此の際言を避く、
何れ冷静なる世界識者の批判に依り日本の真意を了解せらるる時代もあらん。
唯、捕虜虐待
等、人道上の犯罪に
就いては、如何にしても残念、古来より
有之日本国民、陛下の
仁慈及び
仁徳[3]を徹底せしめ得ざりし、
一に
[4]自分の責任と痛感す。
然して之は単に一部の不心得より生ぜるものにして、全日本国民及軍全般の思想なりと誤解なきを世界人士[5]に願う。
3. 仁徳 (じんとく):他を慈しみ愛する徳
4. 一 (いつ) に:ひとえに、全く、5. 人士 (じんし):教養ある人々
三、第二次大戦も終わりて、僅か二・三年、依然として現況を見て、日本国の未来に
就中[6]懸念なき
能[7]わざるも、三千年の培われたる日本精神は、一朝にしてか喪失するものにあらずと確信するが故に、終局に於いては、国民の努力に
依り、立派に立ち直るものと信ず。東亜に生くる
吾は、
東亜の民族の将来に就いても此の大戦を通じ世界識者の正しき認識の下にその将来の栄冠あるべきを信ず。
6. 就中 (なかんずく):とりわけ、
7. 能わざる:出来ない
四、戦死戦病死並びに戦災者の遺家族に
就いては元より連合国側に
於いても同情ある救済処置を願いたきものなり。
之も
亦誠国に殉ずるものにして罪ありとせば、
吾吾指導者の責にして彼らの罪にあらず。
而して
[8]吾吾は処断
[9]せられたり。彼等を悲運に泣かしむるなかれ。
然も
彼等を現況に放置するは遂に国を挙て赤化に追込むに等し、又現在巣鴨にある戦犯者の家族に就いても既に本人各
罪に服しあるものなるに
於て、
其の同情ある処置を与えられたきものなり。ソ連に抑留せられしものは一日も速やかに内地帰還を願いて止まぬ。
敗戦及戦禍に泣く同胞を思うとき、刑死するとも其の責の償い得ざるを。
8. 而 (しか) して:そうして、それから、
9. 処断:きっぱりと処置する事
このエントリーから注釈やフリガナを含めて転載されているブログ:
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東條英機元首相 公的遺書 全文 (依存症の独り言)
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Tojo's last will (ZERO)
出典元として『依存症の独り言』を記載
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民主党の農業政策・民主党議員の自虐行動〜国会議員と「牧師」の身分を混同 (日本のお姉さん)
出典元として『依存症の独り言』を記載
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立法府の長は国を売る人たち (暇人凸撃隊)
支那事変関連エントリー:
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歴史から消された広安門事件と廊坊事件 (2007.7.11)
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清瀬一郎:東京裁判冒頭陳述 (2007.7.19)
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南京事件考 (2007.8.7)
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東條英機元首相 公的遺書 全文 (2007.8.14)
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英語・中国語版Wikipediaにおける大山事件と第二次上海事変の記述 (2007.8.18)
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中国の死刑写真とBBC『南京大虐殺』の酷似 (2007.10.28)
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