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即日発表 報道長官オフィス
2007年8月22日 |
ブッシュ大統領が海外戦争退役軍人会に出席 対テロ戦争について語る
カンザスシティ・コンベンション&エンターテインメント・センター
ミズーリ州カンザスシティ
午前9時46分
(前略:関係者への挨拶など)
私を招いて下さった全ての方々に感謝します。ある晴れた朝、数千人ものアメリカ人が奇襲で殺され、そして我が国が地球の至る所での闘争に駆り出される事になったスト−リーで、今日のスピーチを始めたいと思います。
我々を攻撃した敵は、自由を忌み嫌い、米国や西側諸国がその国民を侮辱していると信じ憤りを抱いていた。彼は地域全体の統治を確立する為に闘った。そして、アメリカ人が暴力に疲れ果て戦いを止める事を見込んで、その作戦を自爆攻撃と言う大量殺人行為に変えたのです。
もしこの話に聞き覚えがあるとしたら、私が今話した敵とはアルカイダではなく、911テロでもなく、そしてその皇帝とはウサマ・ビンラディンが思い描いた急進的なハリハでもない。私が今話したのは1940年代の日本帝国の、その真珠湾奇襲攻撃と、東アジア全体に帝国を築こうとしたその試みの戦争マシーンの事です。
最終的に米国は第二次世界大戦に勝利し、我々はアジアで更に2つの地上戦を戦いました。この会場にはそれらの戦闘に参加した人達が多く来られています。その中で最も楽観的な人達でさえ、日本がアメリカの最も強くて最も不変な同盟国の一つに変身するか、韓国が敵の侵略から立ち直り世界の経済大国の一員になるか、アジアがその貧困と希望のない状態から抜け出し市場と自由を持つようになるとは、恐らく予想すらしてなかったかもしれません。
アジア開発からの教訓は、自由への心からの望みは否定されないという事です。人々が一たび少しでも自由の片鱗を味わえば、本当に自由になるまで彼らは止まる事はありません。私達に多くの利益を与えてくれる今日のダイナミックで希望に満ちたアジアは、アメリカの存在と忍耐なしでは存在しなかったでしょう。それは今日この会場にいらっしゃる退役軍人の皆さんなしにはあり得なかったでしょう。この場を借りて皆さんに感謝の言葉を申し上げます (拍手)。
イデオロギー戦争
我々が極東で戦った戦争と、今日戦っている対テロ戦争は、多くの点で異なりますが、1つの重要な類似点はそれらがイデオロギーの戦いであるということです。日本の軍国主義者と朝鮮やベトナムの共産主義者は、人類の正しい秩序への無慈悲な考えに駆り立てられ、彼等のイデオロギーを他に強要する事に対し我々が立ちはだかっために我々アメリカ人を殺しました。今日、その相手は変わったにせよ、その戦いの基本的な性格は変わってはいません。我々の過去の敵や、イラクやアフガニスタンやその他の場所でのテロリストは、彼等の政治的ビジョンを拡げようとしているのです。自由、寛容さ、反対意見を潰す無情な計画として。
我々の過去の敵のように、彼らが世界の重要な地域にそのイデオロギーを強要する事に我々が立ちはだかるため、彼らはアメリカ人を殺すのです。この敵は危険でありその決意は固く、そして彼等は破れることになるでしょう。 (拍手)
我々はまだ、現代のイデオロギー戦争の初期段階にいますが、しかしこれまでの戦争をどのように終結させたか、その知識は今日の戦争における我々の努力へのガイドとして役立ちます。アメリカが、日本の敗北を民主主義に導いた理想と関心は、我々が今なおアフガニスタンとイラクに従事しているのと同じ事なのです。
韓国を全体主義の隣国に引き渡すのを拒否した防衛戦略は、中東を含む世界中の発展途上国のモデルとしての「アジアのタイガー」を育てる事への助けとなりました。アジアでのアメリカの犠牲と忍耐の結果は、アジアの自由と発展と安定をもたらし、人々はもはやアメリカを攻撃するのでなく、アメリカと共に平和に生きています。
第二次世界大戦の開始時には、極東に民主主義国家はオーストラリアとニュージーランドの2カ国のみでした。今日、アジアの大半の国は自由主義であり、民主主義はその地域の多様性を反映しています。これらのうち数カ国には立憲君主制があり、幾つかは議会制で、幾つかは大統領制です。キリスト教、イスラム教、ヒンズー教、そして仏教もあります。それらの違いはあっても、政府がその被統治者の合意に基いて権威を持ってる点と、隣国との平和な関係を望んでいる点では、アジアの全ての自由主義国家に共通してる事です。
伝統と民主主義
この自由で希望に満ちたアジアへに対して多くの疑い深い人達がいました。第二次世界大戦後の10年間に何度も、アジアでのアメリカの政策は絶望的で読みが甘いと切り捨てられましたが、それは今日我々の世代の中東での困難な仕事に対する批評を聞くとき、それがかつて極東に関して言われて来た事と同じ議論である事に気付きます。
日本の降伏後、日本を民主主義に変身させるのは読みが甘い考えであると多くの人達がそう思っていました。そして現在も評論家達は、それらの人々は単に自由にそぐわないのだと批評をしています。
評論家の中には、日本文化は本来民主主義と両立しないとも言う人もいました。ハリー・トルーマン政権の副長官で、元駐日大使のジョゼフ・グリュー氏が大統領に言った事は「日本で民主主義は決して機能しない」でした。そう思っていたのは彼だけではなく、多くのアメリカ人がそう思っていたし、多くの日本人も同様に、民主主義は機能しないと考えていました。
他の評論家達は、アメリカ人が自分達の理想を日本に押し付けているのだと言っていました。例えば日本の副首相は「(女性の投票を許容するのは)日本の政治の進歩を遅らせる」と主張しました。
マッカーサー元帥が伝記に興味深い事を書いています。彼は「私が婦人参政権を支持した事に対し多くの批判があった。多くのアメリカ人や、多くの他のいわゆる専門家は、日本人女性は政治的に独自の考えを持つには、夫に従順であるべきと言う伝統が非常に染み付き過ぎている」と書いていますが、それがマッカーサー元帥の見た物です。最終的に日本人女性に参政権が与えられ、39人の女性議員が最初の選挙で選ばれました。現在の日本の防衛大臣は女性であり、先月に参議院選挙で当選した女性議員の数は過去最多記録です。他の評論家達は民主主義に関して議論を・・・(拍手)
国家宗教の神道が余りにも狂信的過ぎ、天皇に根ざしてる事から、日本には民主主義は根付かないと主張した評論家もいました。信じられないかもしれませんが。リチャード・ラッセル上院議員は日本の信仰を非難し「(天皇を裁判にかけなければ)民主主義を確立するいかなるステップも失敗に終わる。日本が本当に民主主義であるなら天皇制は無くならなくてはならない」と愚かな主張をしました。
神道が民主主義と両立しないと言った人々は間違っています。そして幸いなことに米日の首脳は当時それを認識しており、神道信仰を抑圧する代わりにアメリカ当局は日本側と全ての信仰の自由を確立しました。皇位を廃止する代わりに、民主主義における天皇の位置付けを見いだすために、米日両国は努力をしました。
その結果、全ての日本国民は信仰の自由を獲得し、天皇は皇位に留まり、日本の民主主義はより強くなりました。なぜなら日本文化の重要な部分をそこに含めたからなのです。今日、評論家や疑い深い人、無神論者達の侮蔑の中において、日本は宗教的文化的な伝統を残しながら、世界の最も強力な自由主義国家となっているのです (拍手)。
専門家だって間違う事はあります。面白い例としてはある歴史学者が「これらの昔の専門家が意地を通したなら、民主的革命の概念は初期段階で嘲笑に死んだ事だろう」と言った事です。彼は日本が自由社会を実現するための努力を批判した人々の事を言っているのです。
その代わり起こったことを見るのが重要であると私は思います。民主主義の日本は平和と繁栄を人々にもたらしました。その対外貿易と投資は、アジア地域で他国の経済を活性化するのを助けました。米日同盟は太平洋の自由と安定の要です。そして皆さんにはこれから話す最終的なポイントを是非慎重に聞いて頂きたいと思います。 20世紀のイデオロギー戦争におけるアメリカの敵日本は、21世紀のイデオロギー戦争におけるアメリカの最も強い同盟国の一つになったと言う点です (拍手)。
朝鮮戦争
また、共産主義侵入から韓国を救うためにアメリカが介入したとき、評論家達は文句を言いました。そして現在に至って評論家達は、戦争が空しく、我々は軍を決して送るべきでなく、アメリカの介入は国内の不和をもたらすと主張しています。
1950年に北朝鮮が38度線を越えた後、ハリー・トルーマン大統領は韓国防衛を決定し、彼自身が四方から攻撃される事になりました。左では、I.F.ストーンは「朝鮮人が本当の侵略者であり、我々は誤った口実で参戦した」と示唆する本を書き、右では共和党はぐらつきました。上院の共和党リーダーは最初ハリー・トルーマンの決定を是認し「よりはっきりした政策の提示を歓迎する。決定したのなら大統領がそれをそのまま実行する事を望む」と言ったのが、後に「地上戦と言う事なら朝鮮に介入したのはそもそも間違いである」と発言を翻しています。
戦争中、共和党には明確なポジションはありませんでした。彼らは朝鮮戦争で米国が撤退したかったかどうかも、中国との戦争に拡大させるかも決定出来ないでいました。我々の軍が政府からサポートを得ていなかったと不平を言った人達もいます。共和党の上院議員の一人は「(その努力はただの)はったりと怒号」だと言いました。彼は戦争時には集まるという要求を「我々は国家のマントを酷い大失敗の上にかぶせるような事を認めない」と拒絶しました。
多くのメディアが彼に同意し、ワシントンポストのコラムニストは「朝鮮戦争の実行は大なり小なりの失敗によってダメージを与えられたのが実際である」と書き、同紙の別なコラムニストは「朝鮮は開いた傷口で、出血をし続けながらも治療法の分からないものである。何故アメリカが朝鮮での戦闘の95%をやっているのか(がアメリカ国民には理解出来ない)」と書きました。
これらの批評は我々の朝鮮での献身を止める理由となりました。朝鮮戦争はそのチャレンジ分担がありながら、米国は決して違約はしなかったのです。
今日、この会場の皆さんの犠牲の結果を、朝鮮半島の明らかな対比に見る事が出来ます。戦争へのアメリカの介入と戦後の我々の意欲がなければ、今頃多くの韓国人が残忍で抑圧的な政権の下で生きていた事でしょう。ソ連と共産中国は侵略のツケを払わされた事だろうし、世界は更に危険な状況に直面していたかもしれません。世界はより平和ではなかったかもしれません。
その代わり、韓国は米国の強力で民主的な同盟国です。韓国軍はアフガニスタンとイラクに米軍と共に勤めています。そして韓国の自由な人々は、我々が直面している21世紀の始めのイデオロギー戦争のパートナーであります (拍手)。
朝鮮戦争に参戦した方々へ、その犠牲と軍務に感謝の言葉を申し上げます (拍手)。
ベトナム戦争
それからベトナム戦争です。これは多くのアメリカ人が複雑な感情と苦痛を持っているものです。ベトナムの悲劇は1回のスピーチでは済まない程大きな問題なので、今特定の意味を持っている1つの議論に限定してお話しします。今人々が議論をしている本当の問題は、アメリカがそこにあると言う事で、もし我々が撤退したとしても殺戮が終わるかと言う事です。
インドシナ半島でのアメリカの存在が危険であったという主張には、長い歴史があります。米国が戦争に入るずっと以前の1955年に、グレアム・グリーンが『静かなアメリカ人』と言う小説を書きました。舞台はサイゴンで、主役はオールデン・パイルと言う若い政府職員。彼はアメリカの目的、愛国心、そして危険な無邪気さのシンボルであり、別の登場人物はオールデンについてこう説明します:「彼自身が引き起こした全てのトラブルによって、よりモチベーションを持つと言うような人物を今まで見た事がなかった」
アメリカがベトナム戦争に参戦した後「グレアム・グリーン論争」が起こりました。実際多くの人が、我々がもし撤退してもベトナム人にとって何の結果にもならないと主張をしたのです。
1972年に、1人の反戦の上院議員が「ベトナム、カンボジアやラオスの遊牧民や無教育な自給自足の農民にとって、彼らが見た事も聞いた事もない遠くの首都に、軍事的独裁者、王子や社会主義統制委員があるかどうかが、彼等にとって一体何の違いがあるのか?」と表現をした。1975年にニューヨークタイムズのコラムニストは同様に、カンボジアとベトナムが共産勢力の手に落ちた時「アメリカが去った後に彼等の生活が良くなったかどうか想像するのは難しい」と書きました。その件に関してはフノム・ペンが『アメリカ人のいないインドシナ半島:より良い暮らし』で纏めています。
世界は、これらの間違った印象がいったいどれくらい高くつくかを学ぶでしょう。カンボジアではポルポト派が殺人統治を始め、そこでは何十万人のもカンボジア人が飢餓や拷問や処刑で命を落としました。ベトナムでは、元米国寄りの政府職員、知識人やビジネスマンが刑務所に送られ、数万人が処刑をされました。何十万人もがちっぽけなボートにのって国外脱出をし、その多くが南シナ海に沈みました。
30年後の今、我々がどのようにベトナム戦争に入りそして去ったかに関して道理にかなった議論はあります。ただ私にとってはベトナム戦争に参戦した退役軍人の皆さんがアメリカ合衆国の高い称賛に値する事に関しては何の疑う余地もない事です(拍手)。皆さんがどのような位置付けで批評の対象になろうとも、アメリカが撤退した事によって払わされたツケはつまり、数百万人の罪のない人々の苦痛が「ボートピープル」「再教育キャンプ」「殺人フィールド」といった、私達の辞書に新たな言葉として加えられた事であります。
任務を完了しない撤退は壊滅を意味する
ベトナム撤退のツケは他にもあります。そしてそれは2001年9月11日に我が国土で数千人の市民を殺した現在の敵の言葉に見る事が出来ます。911テロの後のパキスタンの新聞のインタビューにおいて、ウサマ・ビンラディンは「アメリカ人は政府によるベトナム戦争に抗議をした。彼等は今回もやるべきである」と言いました。
ナンバーツーのザワヒリもまたベトナム戦争を引き合いに出しました。イラクのアルカイダの実行チーフへの手紙では、ザワヒリは「ベトナムにおけるアメリカのパワーの崩壊の余波と、どのように彼等がその代行者を残し継続したか」と指摘しています。
ザワヒリは後にもこの件に触れ「(アメリカ人は)勝利の見込みがない時の事を誰よりも良く知っている。ベトナムの亡霊は行き場がない」と発言しています。国内においては、ベトナム撤退がアメリカの信用に対して無価値であると主張している人達もいますが、テロリストは違った見方をしているのです。
 演説するブッシュ大統領の前で 「休め」の姿勢で立つ退役軍人 (c)AFP/Jim WATSON |
我々は敵の言葉を聞き、心に留める必要があります。ビンラディンは「(イラクでの)戦争はどちらかが勝つもの。そして勝つ事は永遠の不名誉と敗北を意味する」と発言しています。イラクは対テロ戦争における前線の1つですが、それは我々を攻撃した敵の中央戦線であり、再び我々を攻撃しようとしています。そしてそれはまた米国の中央戦線であり、任務を完了しないで撤退するのは壊滅を意味します (拍手)。
我々がイラクの人々を見捨てるなら、テロリストは勇気づけられ、更にメンバーを勧誘するためにその勝利を利用するでしょう。私達が9月11日に見たように、地球の裏側の安全な避難所のテロリストが、我々の都市を破壊し死をもたらす事が出来るのです。ベトナム戦争と異なり、任務が完了する前に我々が撤退するなら、この敵は我々の家までついて来るでしょう。それが私達が国外で敵を破る必要があるかの理由であり、我々は国内で敵に対峙する訳には行きません。これは米国の安全保障のためです(拍手)。
最近、ベトナム戦争に関して意見が対立していた2人の人物が共著で記事を書きました。一人はニクソン大統領の外交政策チームのメンバーで、もう一人がニクソン政権の方針を厳しく批判していた評論家でした。彼らはイラクのアメリカの敗北は悲惨な結果を招くとしています。
彼らは「敗北は全てのイスラム過激派勢力に陶酔の爆発を越こし、中東全体に大規模な動乱を引き起こすかもしれない。人類と戦略の対価は想像するだけで恐ろしい。ひょっとするとそれが現在の多くの議論が何故その重要性を無視しているかの理由なのかもしれない」と書いています。私は彼等が正しいのだと思います。
イラクでは、我々のモラル的な義務と戦略上の権益は一致しています。よって、我々は過激派を追跡し、この困難な時をイラクの人々と共に過ごします。なぜならテロの影が私達の世界に依然存在し、我々の創造者が全てのために意図した「自由」を中東の人々が知るまで、アメリカ国民に安全は決して訪れないからです (拍手)。
自由なイラク
歴史が絶対確実に未来を予言は出来ないし、私もそれを理解しています。しかし歴史は私達に教訓を与えてくれ、私達は歴史から何かを学ぶことができます。アジアでは、何万人ものアメリカ人の犠牲の後に、暴力イデオロギーを制し自由の勝利を見ました。そしてその自由が何世代にも亘る平和をもたらしました。
ヨーロッパ中のアメリカの軍人墓地は、ナチズムとの戦いにおける人的犠牲の証明です。それらは今日の大陸が健全で自由で平和である事への証明でもあります。そこでの自由の発展は、中東で我々が従事している重労働がアジアその他で成し遂げられたのと同様の結果をもたらす自信を与えてくれます。もし私達が同様の忍耐と目的意識を持っているなら。
テロリスト達が彼等の歪んだ信念と野蛮な行為を行おうとしている世界において、人間は本来自由であると言う永遠の真実を我々は確信しなければなりません。
 8月22日、ミズーリ州リバーサイドのカフェで 朝食をとるブッシュ大統領 (c)AFP/Jim WATSON | 中東の何百万人もの人々は戦争や独裁や不正、絶望に疲れて果てています。威厳と敬意を持って扱われ、子供達がより良い人生への望みがある社会を彼等は欲しています。信念や自由が尊敬される国家を彼等は欲しているのです。
それが何百万人ものイラク人やアフガニスタン人が投票に参加した理由であり、彼らのリーダーが暗殺のリスクを冒してまで立候補した理由でもあり、そして何万もの人々が国の保安部隊に参加している理由でもあります。自由で平和な中東を造るために彼等は敢えて大きなリスクを冒しているのです。我々は彼等を見捨てる訳には行きません。
賭けを知っていてエキスパートでもあるアメリカ人のグループ、彼等は軍服を来た人々です。6年近くもの戦争で彼等は勇敢に働きました(拍手)。日々片時も休む事なく、彼等は米国民に危害を加える敵を牽制しています。彼等は世界で最も残忍な二つの圧政者を倒し、5000万人以上の人々を解放しました(拍手)。
イラクでは、わが軍が全国いたる所の過激派や殺人鬼と闘っています。今年の1月以降も我が軍は毎月平均1,500人以上のアルカイダのテロリストその他の過激派を殺害又は捕獲しています (拍手)。戦いはまだ続行中です。今日わが軍は元スンニの賊徒を対過激派、アルカイダや我々に危害を加える敵との戦いに参加させるまでに至りました。彼等は人口密集地域でのテロリスト掃討を行っており、それは秩序ある希望に満ちた人生が送れるイラクの自由の都市をその家族に与えるためであります。
わが軍はこの進歩を見守っています。そして敵からイニシアチブを奪う時、彼らは私達に「ワシントンに選出されたリーダーは、イラクの推進力を上げ動力を変えた援助を中止するのか?」と尋ねるでしょう。私の答えは明確です:我々は軍や指揮官をサポートし、そして彼等が引き継ぐ必要のある物は全て与えるつもりであると(拍手)。
数々の失敗や様々な問題はありましたが、イラク人による民主主義国家建設は、我々を攻撃しようとしているテロリストからアメリカ人を安全な状態に保つ重要な事です。皆さん退役軍人の方々がこれまで行って来た、平和のための基礎を作るのは重要な仕事です。
自由なイラクはすぐには完全なものにはなりません。自由なイラクは独裁政権時代のような迅速な決定は出来ません。新政府のペースに多くの人がフラストレーションを感じていますが、それは理解出来ます。昨日お話ししたように、イラク政府は石油収入法がないにも関わらず地方に石油収入配分を行い、議会は60の法案を可決しています。
 (c)AFP/Jim WATSON |
マリキ首相は困難な任務に取り組んでいる好人物で、私は彼を支持します。首相が続投するかは、ワシントンの政治家らが決めることではなく、それを決めるのは今民主主義に生きるイラクの人々であります。もはや独裁主義ではありません (拍手)。自由なイラクは一夜のうちに中東を変える事は出来ませんが、自由なイラクはアルカイダの大敗北をもたらし、中東の数百万の人々に希望を提供する先例となり、合衆国の友好国となり、21世紀のイデオロギー戦争において重要な同盟国になるでしょう (拍手)。
勝利は我が国の未来に不可欠
この戦いに勝利する事は我々の国の未来に不可欠です。そして、現在の私たちに優先する問題は、現代のアメリカ人は後退の誘惑に抵抗し、そしてこの会場の退役軍人の皆さんがアジアにおいて行った事を中東でやるかどうかです。
退役軍人の皆さんがご存知のように、これは決して簡単な事ではありません。太平洋戦争の始めには、自由が日の目を見るその未来は日本政府に託されていると主張した人々がいましたが、真珠湾攻撃の1年半前には、日本の外務大臣がニューヨークの新聞のインタビューでヒントを述べていました。「民主主義と全体主義の闘いにおいて、文句なしに後者が勝ち世界をコントロールするだろう。民主主義の時代は終わり、そのシステムは崩壊する」と彼は言っています。
実際、日本帝国の戦争マシーンは、その数ヶ月前までは学生や農家、銀行員や工場労働者だった人々によって止められました。その何人かは今日この会場にいらしています。ここにはまた、父親、祖父、叔父や従兄弟から話を聞いた方々もいらっしゃいます。
その世代のアメリカ人は有効なレッスンを暴君に教えました。「自由の力」に勝るものはなく、子供達の自由な未来のために闘う兵士ほど強い物はありません (拍手) 。そして、戦場でのアメリカの仕事が終わった時、民主主義の勝利の子供達は、負けた敵が自由を再建するのを助けるでしょう。
私たちは同じ事を中東でできます。 今日イラクで我々と戦う凶暴なイスラム過激派は、ナチス・帝国日本人・ソビエト共産主義者のような、その同様の行く末を運命付けられているのです(拍手)。
民主主義の兵器庫にある最も優れた武器は、創造者によって人間の心に書かれた自由を求める欲求です。理想に誠実である限り、我々はイラクとアフガニスタンの過激派を打ち負かすでしょう。それらの国の人々がより広い中東の中心で民主主義を機能させるのを援助し、そのきつい役目が完了し、それが現代の評論家の記憶から遠ざかるとき、自由の主張はより強く、重要な地域はより明るくなるでしょう、そしてアメリカ国民はより安全になるでしょう。
本日はご清聴ありがとうございました。神の祝福を。 (拍手)
END 10:29 A.M. CDT
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