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プラスティネーション人体巡回展のビジネスモデルは日本製

 当ブログでは2年半前から「人体展と中国の人体闇市場」と題して、中国系のプラスティネーション人体標本展が世界で展開する展示と人体売買ビジネスの裏に、中国公安局発の人体ネットワークが存在している疑惑に関して、欧米メディアや中国メディアの報道や、中国人権団体や米国司法の調査レポートなどを検証してまとめて来た。

 そして第二シリーズではその人体ネットワークと繋がりのある日本の「人体の不思議展」の不透明な運営形態と人体の出所の謎に関して得られる限りの情報を総合して、主催者側の「人体標本は献体」との主張に根拠がない事を指摘して来た。

 昨年12月に「人体の不思議展に疑問をもつ会」が中心となった反対グループによって「人体の不思議展」が死体解剖保存法などの法律に違反している疑いがあると刑事告発がされていたが、2月1日に京都府警が、7日に石川県警が正式に受理し捜査を開始したと報じられている。

 今回は第三シリーズとして、人体展示の社会的問題が中国で言われ始めた2003年まで遡って、中国やヨーロッパの報道を中心に数回の特集にしてみようと思う。
 現在のような国際社会からの倫理問題に対する批判や疑惑がまだ追求されていなかった時期に、それに対する明確な対策方針のなかった当事者達が何を発言しているかというものに何かヒントが隠れている事がある。

 今回は第一回として、2003年までのプラスティネーション人体巡回展の成立に関する概略を時系列で見てみる。

写真:1999年、建設中のハーゲンス生物プラスティネーション大連社。(Der Spiegel)

[特集『人体展と中国の人体闇市場』トップページに戻る]





初期のプラスティネーション

 生物の死体の水分と脂肪分をプラスチックに置き換えて、腐敗せず保存性と強度のある標本とする保存技術の「プラスティネーション」は、当時ハイデルベルク大学解剖学研究室の教員だったドイツ人医学者のグンター・フォン・ハーゲンス氏によって1977年に発明され翌年に特許が取得されている。[>>1-2]
 この技術は当初は教育機関における医学と歯学の教育用として認識され、ハイデルベルク大学の出資で標本が作られ同大学の名義で販売をされていた。

 80年代後半にはハーゲンス氏は標本製造の主導権を持つ契約をハイデルベルク大学と締結し、1993年にはプラスティネーション部門が独立しプラスティネーション協会が設立された。[>>3]

 プラスティネーション技術は最初の10数年は小さい標本の保存に限定されていたが、90年代初頭に設備の開発により全身人体の保存が可能になった。

 この技術にいち早く目をつけたのが、当時大連医科大の助手だった隋鴻錦氏である。

 1992年にハーゲンス氏は世界各地の医学研究施設に500以上の手紙を送り、そのうち7-8の研究施設が関心を持ったという。その結果ハーゲンス氏は大連医科大解剖教研室を学術交流研究パートナーに選び、隋氏は1994年1月より1年半ハイデルベルクのプラスティネーション協会に派遣され研修をした。[>>4-5][>>6]



ハーゲンス氏初の人体標本展は東京で開催された「人体の世界」(1995.9)

 隋鴻錦氏がハイデルベルクでの研修から中国に帰国した頃の1995年9月15日から11月26日までの2ヶ月余り、ハーゲンス氏は上野の国立科学博物館で「人体の世界」(Human Body World) と題した世界初のプラスティネーション人体展を開催している。

 これはまず、日本解剖学会100周年記念事業の一環として東京大学総合研究博物館で、その後仙台市科学館で開催された後に、国立科学博物館で初めて一般公開されている。[>>7]


[趣  旨]
 人間は病気の克服、健康への願いから自らの身体についてたゆみない研究を続けてきました。そのなかで大きな役割を担っているのが解剖学です。解剖学は近代医学発展の基礎となり、いまも様々な健康分野に貢献しています。本展は、そうした解剖学者たちの研究組織である日本解剖学会が今年、創立100周年を迎えるのを機に、神秘に満ちた人間の身体を、一般の人々に分かりやすく、かつ斬新な展示と説明方法により紹介するものです。

 展示物には、特にドイツで開発された最新技術(プラスティネーション)による医学用の標本が、日本では初めて一般公開されます。また学会の膨大な所蔵資料、標本の中から、文豪・夏目漱石の脳が特別展示されるほか、日本初の西洋医学による人体解剖解説書である「解体新書」(献上本)など、貴重な品々が多数含まれます。また、工夫を凝らした多様な模型、イラスト、写真、映像により人体の驚くべきメカニズムを説明します。

 このほか、解剖学の発展にともなう和洋各種の貴重な歴史資料、標本が多数展示され、「人体」をテーマとする展覧会としては類をみない規模と内容で開かれるものです。「健康」と「医療」への関心が益々高まる今日、画期的な意義をもつ特別展となります。



【記】
[会  場] 国立科学博物館(東京・上野公園)
[会  期] 1995年 9月15日(金・祝)~11月26日(日) 63日間
[休館日 ] 月曜日
[開館時間] 9時~16時30分(入場は16時まで)
[主  催] 国立科学博物館 日本解剖学会 読売新聞社
[後  援] 文部省 厚生省 ドイツ大使館
       東京都・千葉県・埼玉県・神奈川県各教育委員会(予定)
[協  賛] エーザイ株式会社
[協  力] ハイデルベルク大学

[お問い合わせ先]
   ◇国立科学博物館 普及部普及課
   ◇日本解剖学会100周年記念事業実行委員会事務局
   ◇読売新聞社文化事業部
国立科学博物館. 『人体の世界』, 1995.

 ここでは「日本では初めて一般公開」と書かれているが、これ以前に一般公開のプラスティネーション人体展は行なわれていないので、実際はこれが世界初となる。

 展示会の企画は1-3年はかかると見られるため、ハーゲンス氏が92年頃に世界中の医療機関に協力を求める手紙を送っている事から、恐らく日本と中国に同じ頃に打診が来ていたのだろうと思われる。

 16年前に「人体の世界」を見た人達が「学術的なアプローチだった」と感想を持ったという声はネット上でもよく見かけるが、確かに上記の解説を見てもこれは「ボディワールド」というよりも、メインが日本解剖学会の100周年記念行事で、歴史的資料などの博物館的な展示の一部にプラスティネーション人体標本が含まれているといった感じに見える。

 ハーゲンス氏はウェブサイトにおいて、「ボディワールド」のデビュー展示は東京と表記しているが、実際は日本解剖学会との共同企画でありそれ以降のアーチスティックなボディワールドとは大分様子が違っていたようである。

 この展示がどういう経緯で日本で開かれる事になったのかの詳細は分らないが、ハーゲンス氏と親交のあった養老孟司氏が尽力したという事のようである。[>>8]

 また後援に文部省、厚生省、ドイツ大使館が名を連ねるなど、この展示会は国家レベルのイベントである。

 こういった科学・博物館的アプローチの人体展示は、2001年7月14日~8月31日に愛媛県総合科学博物館で開催された企画展「人体」がある。[>>7]

愛媛県総合科学博物館で開かれた企画展「人体」(2001) (愛媛県総合科学博物館)


中国の海賊版産業は本家がやって来る前にスタート (1996)


南京蘇芸生物保存実験工場 (南京市)
 ドイツで1年半研修した隋鴻錦氏が中国に帰国したのは1995年夏と見られるが、翌年1996年3月には早くも江蘇省教育委員会直属の施設として南京蘇芸生物保存実験工場が設立されている。

 蘇芸工場は同年に「生物塑化硅胶及生塑標本制作」(生物プラスチック化シリカゲル及び生物プラスチック標本制作) の名称で早くも中国で特許を申請・取得という、自力ではあり得ないほどの超スピード技術開発で、翌年1998年には江蘇省と南京市から科学技術賞を授与されている。[>>9-10]

 このように外国の技術を産業スパイ等で入手する前提での総合開発計画の「863計画」は70年代以来の中国の国策であるが、多少の改変をするなどして本家がやって来る前に中国国内で特許を取得してしまうというのは中国ではよく行なわれる事である。

 この「生物塑化硅胶及生塑標本制作」が日本向けには「プラストミック」という名称が用いられているのだが、これは「Plastic + Anatomic」(プラスチック+解剖学の) の造語である。[>>11]

 一方、ハーゲンス氏は1995年に大連を訪れ、大連医科大における隋鴻錦氏のプラスティネーション制作現場を視察し、中国市場の研究開発を行なうためハーゲンス氏の出資と大連医科大学と共同で1996年12月に大連医科大生物プラスティネーション研究所を設立し隋氏が所長となっている。そしてハーゲンス氏は大連医科大の客員教授となった。[>>12-13]


南京蘇芸工場はどこから人体プラスティネーションの情報を仕入れたのか?

 2000年まではハーゲンス氏のスタッフだった隋鴻錦氏と南京蘇芸工場が1996年当時に接点があったかどうかは不明だが、隋氏の中国帰国の翌年に特許が申請されるというタイミングはいくら何でも出来過ぎである。

 実際ハーゲンス氏は1992年に中国の30カ所に提携要請の手紙を出しており、隋氏が大連医科大プラスティネーション社を2002年に設立するまでに中国の各地に少なくとも5カ所のプラスティネーション工場が既に出来ているため、何らかのスパイ行為があった事は確かだろう。
 しかし2001年のCCTVの取材では、南京蘇芸工場の劉達民代表は「生物塑化硅胶」は教材として自ら開発したと説明している。[>>50]



「ボディワールド」が日本で再び開催 (1996)、その後ドイツで展示が始まる (1997)


左が1995年の『人体の世界』、右が1997年の『人体の不思議展』のガイドブック (rappajazz)
 1996年にハーゲンス氏の「ボディワールド」が日本で再び開かれたが、この時から「人体の不思議展」の名称になり、大阪を含む日本国内の数カ所で巡回展の形で1999年2月まで開催された。[>>14]
 これは前年の「人体の世界」を見に来た安宅克洋氏がドイツまで行ってハーゲンス氏に話をつけて再び開催にこぎつけたとの事である。[>>8]

 巡回展となった「人体の不思議展」はより興行的な性格が強くなり、大きな反響を呼ぶとともに厳しい批判にも晒されたという。[>>7]

 一方、1997年の冬から98年にかけてドイツのマンハイムにあるバーデン=ヴュルテンベルク州立の「技術と労働の博物館」において「ボディワールド」が開催されたが、これは日本以外で初のプラスティネーション人体展である。[>>15]

 1998年にハーゲンス氏が契約不履行で安宅氏を訴え、翌1999年2月に初代「人体の不思議展」は終了し、ハーゲンス氏は日本から撤退[>>8]
 人体標本は全てドイツに返却され[>>16]、それ以降「ボディワールド」は日本で開催されていない。

 そして同年4~8月に「ボディワールド」はオーストリアのウィーンで、9月から翌年1月にスイスのバーゼル、2000年2~7月にドイツのケルンで開催されるなど、それ以降はドイツを中心にヨーロッパでの巡回展を開始している。[>>17]



ハーゲンス氏が中国に最大規模の工場を設立 (1999)


ハーゲンス大連社 (Der Spiegel)
 ハーゲンス氏が日本を撤退した1999年に、同氏は1500万ドルの投資をして大連ハイテクパークに世界最大の人体加工工場を持つ「ハーゲンス生物プラスティネーション大連有限公司」(馮·哈根斯生物塑化(大連)有限公司) を設立している。

 このハーゲンス工場の誘致には同年に大連医科大で博士号を取得した隋鴻錦氏がパイプ役になったと言われているが、隋氏がハーゲンス大連社の総経理 (社長) に就任している。[>>18][>>6]

 1997年以来ハーゲンス氏の「ボディワールド」は1カ所開催のシングル展示会だったが、2002年4月に「ボディワールド2」を開始し2カ所同時運営態勢になり[>>17]、各国の医療機関から人体標本の注文があったりなど、大連に工場を開いた頃から大幅に業務を拡大しており[>>19]、これ以降生産の拠点を中国に移している。

 ハーゲンス氏は中国進出の理由として、格安の労働力だけでなく、当時の中国には献体に関する法律がなく「引き取り人のない死体」を入手するのに問題がないと隋氏に保証されたからだと述べている。[>>20]


隋鴻錦氏が造反

 そして大連ハーゲンス社設立の翌年の2000年に隋鴻錦氏はハーゲンス社を辞めているが、ハーゲンス氏側は隋氏が勝手に人体標本ビジネスを始めたから解雇したと主張[>>21]、隋氏側はハーゲンス氏の興行展示の方針に異を唱え学術性にこだわるなど考え方の違い[>>22]、そしてハーゲンス氏が死体を国外から密輸したため法的責任を逃れるために辞職したと主張している。[>>23]

 しかし人体調達を行なっていた隋氏がハーゲンス氏に法外な報酬を要求したために関係が拗れたという話や[>>24]、明らかな死刑囚の死体を持ち込む隋氏をハーゲンス氏が警戒したからだとも言われており[>>25]、実際のところはよく分らない。



日本で「新・人体の不思議展」が開始 (2002.3)


「新・人体の不思議展」大阪展 (2002年3月、新梅田シティミュージアム) (ゴリモンな日々)
 ハーゲンス氏の日本撤退の翌年の2000年9月に日本アナトミー研究所が設立され[>>26]、翌年2001年6月に南京蘇芸生物保存実験工場と総額338万4000人民元の販売契約で162点の人体標本を購入し、江蘇舜天グループ機械輸出社を通じて同年9月30日、12月30日、2002年1月30日の3回にわたって大阪に人体標本が輸送され[>>27]、2002年3月21日より大阪で「新・人体の不思議展」が開始している。

 この際に中国での販売契約は人体標本の使用目的を「医学教育、科学研究、科学普及知識展覧」と申告、そして日本への輸出時には「示教模型」(教育用サンプル模型) と申告されている。[>>28]

 この「人体の不思議展」の新装開催で中心的役割を果たしたのが安宅氏と言われている。[>>8]

 これが事実上世界初の中国系のプラスティネーション人体展示会である。
 「生物塑化硅胶」の特許の南京蘇芸工場で製造された人体標本に対して、人体の不思議展は「プラストミック」という名称を使用している。

 この2001年の時点では既に南京の他に上海、重慶、広東と湖南などに人体工場があり、日本アナトミー研究所側は複数の工場と交渉を行なった末、南京蘇芸を選んだという。[>>29]

 南京蘇芸工場の劉健仁代表によれば、日本アナトミー研究所の他にも2001-02年に多数の日本の医学教育界より蘇芸工場にアプローチがあり人体標本を輸出しているとの事であり、「人体の不思議展」以外にも日本の医学研究施設には中国産のプラストミック標本が出回っているようである。[>>30]



隋鴻錦氏が「大連医科大プラスティネーション研究所」を設立 (2002)


ABCニュースが撮影した2007年当時の大連医科大プラスティネーション社
 日本の「新・人体の不思議展」の準備が進められていた2002年初めの同じ時期、その1年余り前にハーゲンス社を辞めていた隋鴻錦氏は沙崗子村の農家集合住宅を借りて、大連医科大からの支援を受け資本金100万人民元で「大連医科大プラスティネーション有限公司」の名義で死体工場を始めた。[>>31-33]

 当時、大連医科大プラスティネーション社の70%を大連医科大が所有し、30%が隋氏とその仲間によって所有されていた。[>>34]

 これがABCニュースが2007年冬に隠しカメラを持って潜入した工場である。
 ABCニュースのブライアン・ロス記者が直ちに工場の管理者に連れ出されたように、労改基金会の調査でも隋鴻錦氏のインタビューは不可能状態で工場の場所も容易に見付けられないなど徹底ガードぶりが印象的だが、これは創立当初から隋氏が技術漏洩を警戒して徹底的に箝口令を敷いていたという事のようである。[>>35]

 「プラスティネーション」の名称を避けていた南京蘇芸工場と日本の「人体の不思議展」とは対照的に、ハーゲンス氏直伝の隋氏は最初から本家の「プラスティネーション」を名乗っており、ハーゲンス氏から特許問題と人体標本のポーズのアイデアの剽窃などで訴えられている。



ハーゲンス氏がイギリスとアジアに巡回人体展で進出 (2002.3)


「ボディワールド」ロンドン展 (2002年3月~2003年2月) (AP/BBC)
 日本で「新・人体の不思議展」が開始した同月に、ハーゲンス氏は「ボディワールド」で英国に進出し、更に4月には新たな展示会「ボディワールド2」を韓国で開始し、ヨーロッパの「ボディワールド」と同時2カ所開催体制となった。

 「ボディワールド2」は2002年4月~2003年3月にソウル、続いて9月まで釜山、2003年11月~2004年3月がシンガポール、04年4~10月に台北、11~12月に高雄と、中国と日本を避けた形でのアジアツアーを行った。[>>17]

 当時イギリスでは「ボディワールド」の上陸に先駆けてBBCが大々的に報じるなど開催前から物議を引き起こしたが、結局英国当局は人体展示を取り締まる法律がないとして展示を許可している。

 しかし、妊婦の標本に毛布をかけたり床に塗料を撒く抗議が行なわれたり、また別な抗議者が金槌を持ち込んで人体標本を破壊する事件が起こるなど、イギリス展は「ボディワールド」が初めて社会的批判に晒された時期である。

 ハーゲンス氏は同年11月にイギリスでテレビ放送の公開人体解剖を行なって更に物議を引き起こしている。


死体の出所の疑惑

 また前年の2001年に、ロシアのノボシビルスク州医学アカデミーの法外科医が遺族の許可を得ない死体を、身元不明の状態でハーゲンス氏に輸出したとして告発をされ、14人の医療関係者が取調べを受けるという事件が起きている。

 2002~03年にはキルギスで、過去6年間でキルギス医学アカデミーがハーゲンス氏に35トンの死体を密売しており、「ボディワールド」の展示の1/3がキルギス人だという疑惑が発生し、プラスティネーション活動に協力していた医学アカデミーの院長が解雇されるというスキャンダルが起きるなど、東ドイツ出身のハーゲンス氏が積極的に旧共産圏から入手していた死体の出所の怪しさがこの頃から言われ始めるようになった。

 そしてこの後、2004年1月にハーゲンス氏の「ボディワールド」で中国の死刑囚を使用した疑惑がドイツの「デア・シュピーゲル」に報じられ大きなスキャンダルになったが、翌々月にハイデルベルク検察の捜査で、これらロシア、キルギスや中国の死体は合法的に輸入されたものでハーゲンス氏に罪は問えないという結論を出している。

 しかしハーゲンス氏本人は、中国から来た人体の一部が死刑囚である可能性は排除出来ないとし、それ以降中国での人体調達は行なっていないとしている。



「人体の不思議展」が香港で開催 (2002)


人体奥妙展 香港展 (2002-03) (新浪)
 一方、日本の「人体の不思議展」は2002年3~9月に大阪、10~12月に広島で開催した後、12月25日から翌年2003年2月23日まで香港で「人体奥妙展」の名称で開催した。

 香港は特別区ではあるが、これが事実上中国で初のプラスティネーション人体展の開催となる。

 この展示では主催は「Interchina Agents」の名義だが、「人体の不思議展」の2002年から2009年の沖縄展まで綜合運営・企画を行なっていた「マクローズ」の代表で、「人体の不思議展」のプロデューサーの山道良生氏が責任者としてメディアのインタビューに答えている。[>>36]


50体のプラスチック化した本物の死体展覧が香港に初上陸
陳倖嫚 中央社 2002年12月25日

【香港12月25日】「InterchinaAgents」社主催の「人体奥妙展」が、本日香港展覧センターで開幕する。そこでの50体のプラスチック処理をされた本物の人間の死体標本は、特殊処理を経て見学客が手で触る事も可能だという。その目的は、手に触れる事で死体への嫌忌を打破し、人々が人体構造をより深く理解する事である。

 この「プラストミック人体標本」展覧会のテーマは「人体を知り、健康を考え、生命の神秘を探索」である。展示されている160点以上の標本のうち、本物の人間の死体から作られた50点の標本が人目を引いた。展示は来年2月23日まで開催される。

 これらの人体標本は立っているものや座っているもの、縦切りや輪切りをされ、解剖された180点の器官、人体の筋肉、皮膚、腱、骨格、神経や体の各器官の部位を示し、各種の連結や骨折手術まである。

 この展示会の責任者の山道良生氏は、この展示が見学者が触れる事によって死体への嫌忌を打破し、自分自身の体に触れるように、個人の生理と器官の認識を深める事を願っていると語った。
 また山道氏は、展示されている死体は、死後に解剖と医学教育用途に身体を提供する事を願った本人の同意を病院が得ているものだが、プライバシーは絶対に守られると述べた。

 いわゆる「プラストミック」処理とは、まず脱水処理をしてから、元の人体の色合いを持つ同じ量の樹脂を注入する。臭いを取り除き細菌繁殖は起きない。
 プラスチック化した後、死体には防腐剤は必要なく、常温で長期保存が可能であり、人が嫌悪するいかなる臭いもなく、皮膚は弾力を保持し生き生きして見える。

 主催者側は展示の目的は、プラストミック人体標本に手で触れる事と、模型の画像と合わせる事で、見学者が直接はっきり見る事が出来、触れる事で器官の構造を知り、科学的方法で自分の身体を理解し、人々に健康を促す事だという。

 聞く所によると、この本物の死体展覧は欧米でも盛んに行なわれており、1996年に至って日本全国の解剖学会から医学会の支持を得て、大阪や広島などで小規模な人体標本展を開始して極めて大きな反響を引き起こし、反対者はこれを死体の不尊重と非道徳的だと考えているという。
 しかし日本全国の展示で6年経過した後には、大多数の若者層の支持を得ているという。この驚くべき人類の身体構造への理解が、今回香港に初上陸した。

[訳=岩谷] (原文:中国語)
中央社 (陳倖嫚). 『五十具塑化真屍標本展覧首次登陸香港』, 大紀元, 2002-12-25. [魚拓]


「人体奥秘展」のウェブ広告 (CG Visual)
 「人体の不思議展」のウェブサイトでは手で触れる事をプラストミック技術のアピールのような意味合いで説明しているが[>>37]、初期の時点では、人体標本に直接手で触れる展示の目的は、臭いもなく手につかない標本に触れる事で死体に対する恐怖感を無くし、触れる事で人々に人体を理解させる事だと説明されている。[>>38]


献体の同意は病院が得ていると説明

 またこの時点で、死体の入手元は病院であり、解剖と医学教育のための献体への本人の同意を病院が得ているが、プライバシーのために情報は出さないと説明されている。
 そして2002年当時、日本アナトミー研究所の安宅克洋氏はサンデー毎日の取材に対し「確かに今回のような展示を想定したものではない」と説明しており[>>39]「人体の不思議展」側が常に説明している「生前の意思による献体」とは公開展示への同意という事ではないようだ。

 また2005年の時点で安宅氏と山道氏は「中国でプラストミックをされる場合は赤十字を通じて事前に献体の意志が確認された者のみが標本にされる」と説明しているようだが[>>40]、病院が同意を得ればOKという2002年の説明と食い違っている。


南京死体事件

 そして南京蘇芸工場が「人体の不思議展」に輸出した人体の出所の疑惑で警察の取調べを受けた2003年9月の「南京死体事件」では、南京市赤十字の献体組織が「人体の不思議展」の事は全く知らないと主張し、商業展示が全く想定されていなかった事が中国側の報道でも明らかになっている。
 この「南京死体事件」の経緯は当ブログでは既に扱っている。

南京死体事件と日本の『人体の不思議展』(1) (2009.10.27)
南京死体事件と日本の『人体の不思議展』(2) (2009.11.6)

 中国側の調査では、南京医科大が蘇芸工場に解剖実習で使い古した人体の加工を依頼した事が判明しているが、南京医科大は「死体は献体ではない」と主張、蘇芸工場も人体が献体かどうか分らないと説明している。

 中国側の情報を見る限りでは、中国の赤十字は医学研究や教育用の献体を受け付けるが、医学解剖の余りを標本としてプラストミック保存するかどうかに献体者の意思が確認されたかどうかはグレーであり、それが売買されたり展示される事への同意があったという点はクロという事になる。



プラスティネーション人体展が北米と中国で始まる


『BODIES展』のニューヨークでの2006年の第一回展示会の宣伝ポスター (NYC Official City Guide)
 タイタニック号から遺品を引き揚げ展示する「タイタニック展」を1991年より行なっていた「RMSタイタニック社」は、南京博奇科教器材有限公司 (旧・南京蘇芸工場) より調達した「プラスティネーション」人体標本で、2004年7月に英国プラックプールで人体展「人体の暴露展」(Bodies Revealed) を開始し、中国産人体展として初めてヨーロッパ進出をしている。

 同年10月にRMSタイタニック社は「株式会社プレミア・エキシビション」となり、2005年に大連医科大プラスティネーション社は英領バージン諸島で法人登録をして「大連鴻峰生物科技有限公司」となった。
 プレミア・エキシビション社は大連鴻峰社よりリースされた人体標本で、2005年8年に人体展「BODIES展」を開始、更に2006年6月に人体展「Our Body」を開始し、プレミア・エキシビション社が3種類の人体展を欧米で開催を始めた。

 そして2004年4月には、隋鴻錦氏の運営する大連鴻峰社が中国本土で初の人体展「人体世界科普展」を開始し、中国国内では独占的に人体展を開催している。


ハーゲンス氏も同じ時期に北米に進出

 一方、ハーゲンス氏はそれまでヨーロッパで開催していた「ボディワールド」を2004年6月より米国に移し、それまでアジアで開催していた「ボディワールド2」も2005年1月より北米に進出、更に2006年2月より「ボディワールド3」を米国で開始するなど、プレミア・エキシビション社が米国を中心に人体展を開始した時期にハーゲンス氏も北米に集中的に進出し、それ以降はアジアから撤退している。



その他のコピーキャット展示


台湾の「人体大探索」 (国立科学工芸博物館) [台湾]
 2004年7月には台湾で中華民国解剖学会と銀杏林生医科技公司 (ジェンライフ・バイオメディカル社) の主催で「人体大探索 Body Exploration」展が開始している。
 これは中国系の人体展であり、台湾では当初から死刑囚の問題が指摘され社会問題になっていたが[>>41]、2005年5月にハーゲンス氏がこの展示で剽窃が行なわれていると台湾当局に訴え、台湾当局が展示を差し押さえ標本を押収し[>>42]、それ以降台湾で人体展は行なわれていない。

 この「銀杏林生医科技公司」も実態の不明な企業であり[>>43]、米国のプレミア・エキシビション社に人体標本を輸出するなど中国と米国のパイプ役もこなしている。[>>44]

 その他、韓国には「人体の神秘展」(Myth of the Human Body) というやはり中国系の人体展があり、韓国国内だけでなくフィリピンでも人体展を開催している。

 またオーストラリアでは「The Amazing Human Body」という人体展が、天津歴史博物館からの人体標本として[>>45]2005年から開催されている。これはウェブサイト上ではハーゲンス系統のような宣伝をしているが[>>46]、ハーゲンス本人はこれをコピーキャットとし「ボディワールド」とは無関係と説明している。[>>47]



欧米で人体展規制の動き

 2006年以降には米国の各州や連邦議会で人体展規制法案が論議され、フロリダ、ワシントン、ニューヨーク、カリフォルニア、ペンシルバニア、ハワイ各州で法案が提出され、カリフォルニアでは上院と下院で可決され、ハワイ州では2009年6月に人体展禁止法が成立している。

 また米国メディアでも2005年の人体展開始以降、倫理問題や人体の出所の怪しさが報じられ、2006年8月にニューヨークタイムズが、プレミア社の人体展で用いられている死体は中国公安局が出所の身元不明死体である事を報じ、2008年2月にはABCニュースがプレミア社の人体展で死刑囚が用いられている疑惑のスペシャル報道番組を制作している。





プラスティネーション人体巡回展のビジネスモデルは日本で作られた


グンター・フォン・ハーゲンス氏 (Geoff Pugh/Telegraph)
 プラスティネーション人体標本巡回展ビジネスの成立過程をざっと見てみたが、時系列で見てみると、実際ハーゲンス氏は当初から人体展示ビジネスを行なっていた訳ではなく、むしろそのきっかけは国立科学博物館での一般公開展示である事が分る。

 その際の日本解剖学会100周年記念の展示会名が「人体の世界/Human Body World」であり、後のハーゲンス氏の巡回展の名称「Körperwelten/Body Worlds」はここから取られたとも考えられる。

 しかし実際にハーゲンス氏が人体展示をドイツで始めたのは、1996年に安宅克洋氏がハーゲンス氏を日本に呼び戻して「人体の不思議展」の巡回展を始めた更に翌年の事であり、ハーゲンス氏がドイツ国外のヨーロッパで初めて展示を開いたのは1999年4月のウィーンであり、これはハーゲンス氏が日本を撤退した後の事になる。

 順番から言えば、ハーゲンス氏に公開人体展示のアイデアを与えたのが日本解剖学会であり、興行巡回展示のアイデアを与えたのは「人体の不思議展」の安宅克洋氏という事になる。

 また、それから暫くヨーロッパのみで展示を行なっていたハーゲンス氏が2005年に北米に進出したのは、これはかつての弟子の隋鴻錦氏と手を組んだプレミア・エキシビション社が北米で中国系海賊版人体展を始めた時期であり、時系列で見てみるとハーゲンス氏にプラスティネーション人体巡回展のビジネスモデルを与えていたのは、むしろ新興ライバルの海賊版人体展の存在が大きかった事が伺える。

 2004年以降に中国で盛んに行なわれている人体展だが、そのビジネスモデルを最初に香港に持ち込んだのもやはり日本の「人体の不思議展」である。





雑感:

パンドラの箱
日本では臓器移植法案が議論され成立した時期


「私達は死者に対して常に尊厳と尊重への一定の原理をもって取り扱って来た。そして余りにも突然に私達は死者を展示場に持ち込んでいる。それはかつて生きていた人生の尊敬を踏みにじるもの。それは越えてはならない一線を越えている」
ーーラビ・ルイス・フェルドスタイン (ABCニュース)
 蛇足だが、日本解剖学会主催の「人体の世界」が開催された当時は丁度臓器移植法案が議論されていた時期である。

 そしてこれ以降日本で開催される「人体の不思議展」には日本赤十字社、日本医学会、日本医師会、日本歯科医学会、日本歯科医師会、日本看護協会など、この人命と人権を軽視する展示会にこれでもかという程に日本の医学界の権威が後援に付いていた訳だが、新たに成立した臓器移植法に際し献体を奨励しプロモートする風潮が日本の医学会に強く働いていたのかどうかは知らない。

 社会的批判を受けこれらの医学界の権威が後援を取り下げたのが2007年だが、事実としてそれが「人体の不思議展」側に権威付けとして利用されていた。[>>48]

 ABCニュースの取材で、アトランタ統一ユダヤ連盟副会長のラビ・ルイス・フェルドスタイン師は、人体のエンターテインメント展示に関して「越えてはならない一線を越えている」とコメントしているが[>>49]死生観の規範と倫理のガイドラインが社会的議論を経ないまま一人の死体アーチストや一展示企業によって強引に決められ、社会がそれに追従する事に警告を発している。

 それが時代的風潮だったとしても、当初は学術的展示会として企画されたとしても、最初にそのパンドラの箱を開けてしまったのは日本の医学界であり、それが結果としてこれら死の商人達に餌を与えて世界規模の化け物産業にしてしまったのである。

 人命を救うために別な人命を断つ事のガイドラインという倫理問題そのものが議論されていた時に、移植臓器の95%が死刑囚から取られる人権のない移植大国中国から来た死体、それも臓器を取った余り物を加工したと見られる人体標本を献体と称して展示する展示会が医学界や報道メディアからもてはやされたという、何とも皮肉と言うべきか。(了)







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医学アーチスト
グンター・フォン・ハーゲンス氏の奇妙なキャリア

シュフェン・レーベル、アンドレアス・ヴァサーマン
デア・シュピーゲル 2004年第4号 (1月19日)


ラブ・パレードにて
 グンター・フォン・ハーゲンス氏 (59) は青年期の初めには既に病的なものに惹き付けられていた。50東ドイツマルクで最初に入手した死体の頭部は「最も美しい購入欲求」と彼は後に表現している。

 「ボディワールド」の創始者は1945年1月10日にグンター・リープヒェンとしてアルトスカルデンに生まれ、チューリンゲンクライツで育った。1965年にイエナで医学研究を始めた。しかし農業労働階級の身分はこの若い創作家のアカデミックな勉学を許さなかった。1968年に彼は西側への逃亡を試み逮捕され連邦共和国から政治犯として2年間投獄された。リューベックではハイデルベルク大学で医学の勉学を続け1965年に博士号を得た。

 現在最初の妻の姓を名乗るハーゲンス氏は解剖学研究所で遂に死体の永久保存の方法を発見した。

 1977年に特殊なプラスチックを使ったプラスティネーションを開発して1年後の特許を取った。ドイツ内外での解剖学研究での医学的保存法に熱心な大学側がプラウシネーションのエキスパートに資金を出した。80年代後半にはハイデルベルク大学はハーゲンス氏の製造に自由裁量を残した契約をした。

 大学の名において彼は世界にプラスティネーションを販売し、大学の新たな収益源を確保した。1993年にはハーゲンス氏は死体利用を大学から切り離し、ハイデルベルク・プラスティネーション協会を設立した。

 1997年にマンハイムでのドイツ初の「ボディワールド」は大きな突破口となった。訪問者の興味は予想を上回った。77万400人が死体を見に訪れた。ビシュケク (キルギス) と大連 (中国) に医大の解剖施設を共同運営しているハーゲンス氏はその時医学者からアーチストになった。

 マンハイム展が科学的関心を導くなら続く展示は更に強力に開催出来る。しかし解剖学標本の転用はハーゲンス氏の元同僚の批判を増加させた。しかし観衆の関心は失せなかった。

 展示会とプラスティネーション販売の膨大な収益からハーゲンス氏は事業を拡大した。ビシュケクに自前の施設を作り大連にプラスティネーション工場を設立した。中国の東北でプラスティネーターは毎年多くの時間を費やした。彼は2001年に税金の問題からドイツから退出した。

[訳=岩谷] (原文:ドイツ語)
Röbel, Sven und Andreas Wassermann. "Vom Mediziner zum Künstler - Der seltsame Karriereweg des Gunther von Hagens", Der Spiegel, 4/2004 vom 19.01.2004, Seite 36. [魚拓] [PDF]


隋鴻錦氏と現代の「ミイラ」
李小華 大連新聞 2003年9月24日

 隋鴻錦氏はハイテクパークに、人体の内臓、筋肉、神経組織、骨格組織のショッキングな人体プラスティネーション標本の展覧ホールを設立した。これはホルマリンの刺激臭がなく組織構造がはっきりした医学的価値のある本物の人体標本であり、少なくとも数百年の保存が可能である。
 現在国内外の多くの都市で隋氏は人体生物プラスティネーション標本展を開いている。10年のプラスティネーションの経歴はまだ「プラスティネーション」人生の開始点だと隋氏は言う。

 今年38歳になる隋鴻錦氏は、現在大連医科大学解剖教研室の教授であり、大連医科大学生物プラスティネーション研究所の所長である。
 35歳で異例に教授に昇進し、大連市発明精鋭、大連市優秀発明実施企業家、そして教育部科学技術進歩一等賞、遼寧省「百千万人人材工事」の百人に入選など、1997年以来様々な栄誉が詰めかけている。
 隋鴻錦氏が深淵な医学研究と科学普及の価値のある人体生物プラスティネーション標本技術に従事している事で医学界の広範な関心を集めている。
 1994年に現代「ミイラ」製造技術と呼ばれるものに接触して以来、隋氏はプラスティネーション標本技術の研究に心血を注ぎ、特許を申請し、「中国生物プラスティネーション第一人者」となった。


生物プラスティネーションは偶然知った

 腐敗は自然界の重要な過程だが、形態科学の学習、教育、研究の妨げとなっていた。特に生物学標本を正常な大気環境に晒せば、標本は相当な収縮変形をしてしまう。このため多くの科学者は長い間適当な標本保存技術を求めて来た。

 1992年、隋鴻錦氏が大連医科大学の助手だった当時、「大連医学院解剖教研室」宛のドイツから来た手紙が転送されて来た。学術交流を求める手紙は極めて普通の事であるため殆どの人が気に掛けていなかった。
 しかし隋氏は専門的勘からこの技術研究の実行可能性に深い意義を感じ取った。教師と学生が鼻を覆う解剖授業の苦悩から、隋氏はこの技術に重要な価値を見た。
 解剖教育が数百年のホルマリン使用から抜け出せる技術が本当にあるなら、これは一種の歴史的な突破である。
 隋氏はドイツで生物プラスティネーション技術を学ぶプランの提案書を大学に出し、そして生物プラスティネーション技術の発明者のドイツのハーゲンス教授から返事が来た。

 調査によれば、1978年に生物プラスティネーション技術を発明したハーゲンス氏は、当時世界各地の医科科学研究施設に500以上の手紙を送り、そのうち中国に30数通出したという。7-8の科学研究施設が返事をし、隋鴻錦がハーゲンス氏に出した返事が最も真面目なものだったという。
 ハーゲンス氏は隋氏の情熱と真面目さに感動し、1993年に大連医科大学の標本技術を視察した後、同大学を中国で唯一のパートナーとする決定をした。
 1994年1月、隋氏はドイツに行き生物プラスティネーション技術と研究の道に踏み込んだ。


世界最大の生物プラスティネーション「工場」に

 一年の研修から帰国した後、隋氏は大学の提供する優越条件を利用し、生物プラスティネーション技術と応用研究を行いながらもハーゲンス氏との連絡を維持していた。
 生物プラスティネーションの師弟の技術に世間は見向きもせず、隋氏への技術協力の要請も拒絶された。
 1995年にハーゲンス氏が大連に再び来たが、隋氏の生物プラスティネーション標本を見て、ここの若者が1年で研究努力と技術の大きな進歩に感心せずにいられなかった。1996年12月、ハーゲンス氏は遂に隋氏と協力して、大連医科大学生物プラスティネーション研究所を設立し、隋氏もこの技術で国内の認める第一人者となった。

 生物プラスティネーションのために隋氏は多くの犠牲と努力を払った。1995年、香港の有名な解剖学者が大連を訪れ隋氏の標本技術と解剖学術成果を見た後、隋氏を香港大学医学院博士課程に1年で12万8000香港ドルの奨学金と住居をオファーした。
 当時修士号の学歴であった隋氏にはこれは非常に大きな誘惑であったが、毅然とこの機会を放棄し、プラスティネーション研究を継続した。

 大連医科大学生物プラスティネーション研究所の設立と同時に、隋氏は博士課程の勉強を始め、それから3年間は徹夜続きで平均4-5時間しか時間が取れない生活を経験し、1999年に博士論文の答弁を終えた。
 ハーゲンス氏は隋氏のプラスティネーション研究への情熱と技術レベルに感心し、1億元以上を投資して大連ハイテクパークに世界最大の人体生物プラスティネーション有限会社を設立した。その日隋氏は生物プラスティネーション事業のために初めて涙を流した。


生物プラスティネーションは広範に応用される

 ある人は、解剖学には既に500年余りの歴史があり、もはや研究する事は何もないと考えている。隋氏はこれを間違った観念だと言う。解剖が基礎学科のため、臨床医学領域では新方法や新技術の出現が絶えずあり、これは解剖に新課題を提出しているという。
 例えば以前はMRIやCTはなく、医者はただ一般的な人体の理解の必要があっただけだが、それらの出現によって人体の切断面の構造を理解する必要が生じた。断層構造はその流れで生じ、解剖学はその拡げられた断層領域について、解剖学に生物プラスティネーション技術が新しい方法を提供したという。

 隋氏によれば、生物プラスティネーション標本技術の応用の見通しは非常に広範で、形態学において一つの歴史的な飛躍であり、解剖学に限らず、組織学、病理学、発生学、生物学、法医学、更に考古学や博物館等、形態保留の要求のある関連した学科に全て生物プラスティネーション技術が応用出来るという。このため隋氏は生物プラスティネーションの応用分野を拡大し続けると語った。(中略)

 隋氏は記者に対し、今年の冬か来年の春には北京で彼の人体生物プラスティネーション標本展示会を開催すると教えてくれた。この展示会で人体標本が大衆の科学普及のツールとなる事になると説明する。


創業は「詐欺師」と誤認されていた

 ドイツの研修生だった当時、仲の良い日本の留学生が隋氏の型を叩いて言った。
 「ここの全ての学生の使用するビデオカメラは殆ど全てが日本製だ」
 この他愛ない会話が隋氏に深い振動をもたらし、彼は生物プラスティネーション技術の信念を固めたのだ。

 過去の10年間の研究で、この技術を完全に国産化するため、隋氏は無数の実践論証を進め、今のところ生物プラスティネーションの薬品や設備に至るまで完全国産化を実現した。品質保障を前提に、コストを下げ効率を高め生産サイクルを短縮した。
 技術に対する追求は隋氏は常に改善をし、現在彼は2つの特許技術を申請し受理されている。

 長期の協力で、人体生物プラスティネーション標本の価値をめぐり、隋鴻錦氏とハーゲンス氏の観点の相違はますます大きくなった。
 ハーゲンス氏が人体プラスティネーション標本を制作しパフォーマンスとして世界各地でセンセーショナルな反応を起こしたのに対し、隋氏はずっと反対の態度を取っており、プラスティネーション技術の医学と科学普及価値を最大限に発揮するべきだと考えている。
 最終的に隋氏は仕方なくハーゲンス氏との8年にわたる協力関係に終止符を打ち、自主創業への道を進んだ。

 2002年初め、大学の大きな支援を得て、隋氏は大連医科大生物プラスティネーション有限会社を設立した。創業時は隋氏一人だけであり従業員を募集したが、1日中死体と接触する事と理解者が少なかったため、隋氏は「詐欺師」と誤認されていた。
 隋氏は複数の医学院から10人を招聘し、従業員に対して理論の学習や持ち場の育成訓練を行っていた時、ある従業員はどこで情報を得たのか、隋氏は国際的に知られる詐欺師で死体を売買し外国に内通するとの噂を振りまかれた。

 このような「重大発見」は騒動を引き起こして、10人の若者は内心の動揺を押さえられずすぐさま夜逃げを決定した。
 隋氏はこの様子を見て、車で家から戸籍簿、工作証、身分証明証、卒業証明所、学位証明書など多くの証明を取って来て、彼が詐欺師でない事を証明したという。

[訳=岩谷] (原文:中国語)
李小華. 『隋鴻錦与現代“木乃伊”』, 大連新聞, 2003-9-24. [魚拓]


長春教育展巡礼
東方時空 2001年10月15日 13:56

 教育の話をするのに教材に言及しない訳には行かない。科学技術の進歩に従って、現代の教材にも大きな変化が発生した。
 最近長春で開催された第43回中国教育器具設備展と長春国際教育展で、全国の20以上の省市からの参加団体は最前線の教育器具設備を展示し、見学者に大いに見聞が広まった。
 以下は展示会の現場で本紙の記者が見聞きした事である。(中略)

・・・電動立体地球儀と月相計は独特の設計のため応用範囲が広く、教育部自作教材評論展の一位を3回受賞した。馬昭氏の発明した地理教材と同じく、南京の退職教師の劉達民氏が研究開発したシリカゲルプラスチック化標本は同様に多くの参加観衆を引き付けた。
 これらの生きているような生物標本を前に、劉氏は家宝を数え上げるが如く、記者に対して彼等の制作方法を紹介した。

劉達民 (南京蘇芸生物保存実験工場):
 生物体の保存には多くの方法があり、化学処理はホルマリンを用いるのが主流だが、現在私達は生物プラスチック化シリカゲルを用い、有機シリコンの高分子素材で保護している。
この材料の保存処理は4つの段階を経過する。

 まず材料を固定する必要があり、例えばこのチョウザメを固定し、十分に固定した後に脱水をする。脱水の後には交換を行い、これは元の細胞をゴムに交換する。交換の後に、全ての細胞がゴムで満たされ硬化する。硬化した後は、元の生物体と細部までそっくりになる。

 原形の通りになり、つまりその他の色彩やその他の何の影響も受けず、解剖したての小生物のようである。 ホルマリン浸けは手で触れる事は出来ないため学生は一つ隔たれた感覚を持つが、プラスクック化以後は直接触る事が出来、学生は直接見る事で非常に直感的になり、教育効果は勿論異なる。
 これは保管も非常に便利である。ホルマリン保存は一般的には5年前後だが、私達はこれは50年は変化がないと推定している。(以下略)

[訳=岩谷] (原文:中国語) (写真は南京市旧ウェブサイトより)
東方時空. 『長春教育展巡礼』 CCTV, 2001年10月15日 13:56.




単なるアイデアでは終わらないエンターテインメントを考える
「人体プラストミック」に80万人が訪問
マクローズ代表 山道良生
(東京国際フォーラム公開情報マガジン「フォーラミスト」Vol. 38、2004年5/6月号)

 9月6日 (土)~2月1日 (日) の展示では、予想を上回る80万人以上の入場があった。私達は開催時間を延長して観客ツアーを可能な限りリラックスした環境にする事を試みたが、最終日は5時間の延長となった。そういった事実にかかわらず、非常に多くの来場があった事に非常に満足している。

 来場者の60%は女性であり、彼女達は人体標本に好奇心があっただけでなく、男性よりも地震の肉体を知る事を意識していた。質問コーナーには多くの女性が訪れた。また、解剖学の本を持った医学生や看護士のように医学を志す人々もいた。

 これまで専門分野だと考えられていたこの解剖学の世界を紹介出来る理由は、いかなる臭いもなく手につかず半永久的に保管出来る新たな標本創造プロセスである。またインフォームドコンセントの広い普及は人々により自身の肉体を知る重要性を意識させるようになった。

 このイベントが単なるアイデアではなく、人々に自身の身体をより知らせる事の証明として、日本赤十字社や日本医師会その他の方々の後援によって、私達はこのイベントが意義のある事をアピールし保証する事が出来る。

 イベントと出版を行なって、医学界における私達の経験と業績を利用するのは、弊社にとって素晴らしいイベントだった。献体者のプライバシーを考慮するチャレンジングなイベントだったが、その成功に関して非常に感謝をしている。

 東京国際フォーラムのアクセスの便利さもこの成功の一つのキーだった。

 「人体プラストミック」は4月24日から札幌で、この夏には浜松で開催される。海外でこのイベントは既に香港で開催され、現在はオセアニアでの開催を計画している。全ての詳細は私達のウェブサイトで発表されるので是非チェックして頂きたい。

[訳=岩谷] (原文:英語)
Yamamichi, Yoshio. 'Thinking of entertainment that doesn't end in just an idea. With over 800000 visitors "JINTAI PLASTOMIC"', Forumist May/June 2004 Vol. 38. Tokyo International Forum.


死体ショーの損害で男が起訴される
BBC 2002年3月27日


展示は世界で数百万人に見られている

 ロンドンで開催されている保存された人間の死体を展示する論議を呼んでいる展示会「ボディワールド」でのハンマー攻撃の容疑の50歳の男が刑事損害で起訴された。
 ロンドン警察は火曜日の午後、ロンドン北部在住のジェフリー・リー容疑者を逮捕したと発表した。

 彼は現在釈放され、4月9日のテムズ裁判所に出頭する事になっている。


展示は人体解剖学を明らかにする
 破損した展示品はショーから取り除かれ、「ボディワールド」運営者のグンター・フォン・ハーゲンス博士の研究所で修理されるためにドイツに送られた。

 男は入場料10ユーロを払った後、展示品の「臓器ドナー」(肝臓を持つ男) を床に打ち倒しハンマーで打ったという。

 ロンドンのイーストエンドのアトランティス・ギャラリーの「ボディワールド」の展示会は既に批判に晒され、塗料攻撃を受けている。

「プラスティネーション」

 そこでは175点の人体パーツと様々なポーズの25体の死体が展示され、土曜日に開始されてから3000人強が足を運んだ。

 人間の遺体は全て自由意志での献体で、プラスティネーションという処理で保存されている。主催者によれば一体当りの費用は3万から3万5000ユーロかかるという。


展示を見るルイス・ヘーリ君 (10)
 展示の広報によれば、マーチン・ウェインスさんが7ヶ月の胎児を妊娠した女性の展示の上に毛布をかぶせた土曜日の抗議と今回の事件に関連はないという。

 彼はまた床に塗料を撒き、人間の遺体に「失礼である」と展示を非難した。

 制作者のグンター・フォン・ハーゲンス博士は英国で展示を開く意図を発表した時、複数の議会議員が不快感を示し、政府は違法性をチェックするとした。

 しかし衛生局は、そのような展示に関する英国の法律はないとし、予定通り土曜日に開始した。

 フォン・ハーゲンス教授は、「解剖学の民主化」をし、これまで専門家しか見られなかった物を人々に見せたいとし、展示会がセンセーショナルで品位のないとの批判を否定した。

[訳=岩谷] (原文:英語)
"Man charged over corpse show damage", BBC, 27 March, 2002, 10:43 GMT.


人体展示は「献体を脅かすかもしれない」
BBC 2002年6月11日


展示は世界中で批判されている

 ニューキャッスルで開催されている人体パーツを展示するショーが救命移植のための臓器提供の障害になるかもしれないと医学会の大物は言う。 ボディワールド展はセンセーショナルで覗き趣味であるとして批判を引き起こした。

 ドイツ人制作者のグンター・フォン・ハーゲンス教授は、彼の作品は教育的で藝医術的だという。

 しかしニューキャッスル大学メディカルスクールのロジャー・サール医師は、展示は臓器提供を「平凡化」し脅かす怖れがあると主張する。


ハーゲンス教授は彼の作品は芸術だという
 ハーゲンス教授はプラスティネーションという特殊技術を使って人体を生きているかのように保存する。

 そしてそれらに内部の身体パーツや臓器が見えるようにポーズ付けをする。

 サール医師は言う
 「この展示はセンショーナルでであり、献体の重要な役割を価値のない物にしている。医大には献体が必要であり、このような展示が献体全体を価値のない物にする事を懸念している。ハーゲンス教授はこれは教育的だと言うが、私はそうは思わない。それが何なのかと言うと、人体の非常にセンセーショナルな使用であり非常に覗き趣味的だ」

臓器提供

 火曜日にニューキャッスル大学の前で一日開催されたバスでの展示を開催したハーゲンス教授は言う。
 「私達は専門家から解剖学を自由にしたい。この展示が非常に教育的なのは、皮膚の下のものがいかに脆いかを見る事が出来るからである。喫煙者の肺など病気の臓器と健康な臓器を比べて見る事が出来る」

 しかしサール医師は更に言う。
 「保有されている人体パーツのスキャンダルによって、臓器移植のための献体を多くの人々が拒否する懸念がある」

[訳=岩谷] (原文:英語)
"Body display 'may threaten donations'", BBC, 11 June, 2002, 13:39 GMT 14:39 UK.


人体パーツでロシア人が告発される
BBC 2002年7月20日


展示は様々な受け取られ方をした


ロシア共和国の法律に乗っ取ってこれらの標本を受け取ったと保証するために出来る事は全てやった。

グンター・フォン・ハーゲンス教授
 ロシアの検察は、物議を引き起こした死体と人体パーツの展示会を運営するドイツの解剖学者のグンター・フォン・ハーゲンス氏の施設への56体の人体の発送に関与したとして、シベリアの医療職員2名を起訴をした。
 ロシア紙のネザヴィシマヤ・ガゼッタによれば、この2名は親族の許可なしに人体を入手したとして、死体の取扱いを取り締まる法律に違反した事で告発されている。

 現在ロンドンで開催されている「ボディワールド」を運営するハーゲンス氏は、ロシアの人体を不法に使用した事はないと述べた。

 ハーゲンス教授によると、ドイツのハイデルベルクにある彼の施設で特殊な保存法で人体を扱う事をノボシビルスク大学と合意したが、それらをシベリアに送り返したので医学研究用に用いられるという。

「何も間違っていない」

 同紙によれば、ハーゲンス氏の施設でプラスティネーション処理されるための発送を税関がストップした事で昨年開始された捜査の後、2人のロシア人医師が告発されたという。


ハーゲンス氏は彼の作品は芸術だという
 その発送には囚人、ホームレスや精神病者が含まれていた疑いがある。

 ノボシビルスク州立医学アカデミーからの発送に関して、起訴された2名の他に14人の医療関係者が取調べを受けているという。

 現地の検察補佐官のナターリャ・マルカソヴァ氏は、捜査官はこれらの人体の一部が親族の許可なしに入手されたと見ていると同紙は報じている。

 ハーゲンス氏はロシアからの人体パーツを不法に使用した事を否定する。ロンドン展には、56体の死体と400以上の脳パーツを含むというロシア人の標本は用いていないと述べた。

 「ロシア共和国の法律に乗っ取ってこれらの標本を受け取ったと保証するために出来る事は全てやった。展示されているこれらの人々は同意をしている」

[訳=岩谷] (原文:英語)
"Russians charged over body parts", BBC, 20 July, 2002, 09:24 GMT 10:24 UK.


ロシア死体事件が法廷に
BBC 2002年11月15日 18:10 GMT


ロンドン展ではこれらの死体は展示されていないという

 ロシアの法廷は、物議を引き起こしているドイツ人解剖学者のグンター・フォン・ハーゲンス氏に不法に死体を提供した事で起訴された法外科医の裁判の予備傍聴会を開いた。


苦い経験が、他の大学から解剖標本を二度と受け付けてはならないと私に教えてくれた。

グンター・フォン・ハーゲンス教授
 シベリア西部のノボシビルスクの検察は、外科医のヴラディーミル・ノボセロフ被告が、少なくとも8体の人体を親族の許可を得ずに輸出したと確信している。

 遺族は死体が火葬されたと言われていた。

 死体と人体パーツの巡回展を主催するハーゲンス教授は、ロシアからの違法な死体は用いていないとしている。

 彼は、ノボシビルスク州立医学アカデミー (NSMA) から科学交流の一環としての人間の遺体しか受け付けていないという。

 この教授は、水曜日に開始するノボセロフ被告の裁判の証人として召喚されている。

 ノボシビルスク州の科学オフィスの代表のヴラディーミル・ノボセロフ被告は、最低3年の懲役刑に直面している。検察によると:

  1. ノボセロフ被告は州内の病院に親族による引き取り人のない死体を彼のオフィスに送るように強要し職権を乱用した。

  2. 8体の人体は、死体公示所での保管期限が過ぎた後に親族が名乗り出たが、死体は既にハイデルベルクのプラスティネーション協会に送られていた。

  3. 440の脳の断片と共に見元不明状態で到着したというドイツでの人体の扱いは、現在それらの身元確認は不可能である。

 エフゲニー・ゴステエフ検察官がロシア紙のイズベスチャ紙に語ったところによれば、告発は2001年4月にされたという。

 その他にノボシビルスクの14人の医療関係者への関連した告発は不起訴となている。

「上質の教材」

 ハーゲンス教授はロシアから不法に人体パーツを用いた事を否定し、ロシアの標本は現在の「ボディワールド」のロンドン展には含まれていないと述べた。

 イズベスチャ紙によれば、ハーゲンス氏は医学アカデミーとの業務を中止したという。  「苦い経験が、他の大学から解剖標本を二度と受け付けてはならないと私に教えてくれた」

 アカデミーのアナトリ・エフレーモフ牧師は、ハーゲンス氏と仕事をする事はどの機関にとっても名誉な事だと、このドイツ人教授を擁護する。

 エフレーモフ牧師は、アカデミーでのサンプルはロシアの医学生に「上質の教材」を提供する交流の一環として受け取ったと述べた。

 エフレーモフ牧師はまた、ロシアの警察、税関や政府関係者が2000年10月の問題の死体の発送を監督したが、6ヶ月以上も行動を起こさなかったと付け加えた。

 ハーゲンス教授は人体を生きているように保存するプラスティネーションという特別な技術を使う。彼はそして内部の人体パーツや臓器を視覚的に見せるポーズを取らせる。「ボディワールド」展はセンセーショナルで覗き趣味などの批判を引き起こした。

[訳=岩谷] (原文:英語)
"Russia corpse case goes to trial", BBC, 15 November, 2002, 18:10 GMT.


人体パーツの騒動はキルギスに及ぶ
BBC 2002年11月5日


多くの人々がショーを訪れた

 保存された人体の国際展示にまつわる疑惑でキルギスのトップ医療関係者が免職される。

 生きたようなポーズをとる保存された死体を展示する「ボディワールド」展の人体がキルギスで違法に入手されたという噂で、イスカンダル・アキルベコフ氏はキルギス医学アカデミーから解雇された。

 展示を運営するグンター・フォン・ハーゲンス氏はキルギスからの人体は使用していないと述べた。
 ハーゲンス博士は、彼が名誉教授の肩書きを持つ同アカデミーで1996年から働いている。

 キルギスのピラミッドテレビの報道によれば、アキルベコフ氏の表向きの解雇の理由はアカデミーでの専門家としてのトレーニングのレベルが低いからだという。

 ハーゲンス博士は、プラスティネーションという彼の保存技術の実験を行なうためにビシュケクの施設に研究所を設立している。

 厚生省によるアキルベコフ氏の解雇のもう一つの理由は、アカデミーにおけるプラスティネーションセンターの活動だという。しかしながら、公式声明ではそれ以上の詳細は述べられていない。

 BBCの中央アジア特派員のモニカ・ウィットロック記者によれば、日本や韓国やヨーロッパでの「ボディワールド」展には多くの人々が訪れたが、その標本の一部が小柄な体格や細い目でキルギス人だと一部の人々が気付いたという。

同意は「考えにくい」

 先月の特別議会審理においてハーゲンス博士は「ボディワールド」でキルギス人は用いていないと強調した。

 彼の同僚は、皮膚のない死体の身元を見分けるのは不可能であり、人体パーツならなおさらだと彼を擁護した。

 特派員によれば、キルギス人はイスラム教徒であり、身内を保存して孤独に展示させるとは考えられないという。

 ロシアで入手された人体は故人や遺族の許可が得られないままドイツのハーゲンス氏の施設に送られた疑惑がある。

 ハーゲンス氏はBBCに対して、死体は合法的に入手したと述べた。

[訳=岩谷] (原文:英語)
中央社 (陳倖嫚). "Body parts furore hits Kyrgyzstan'", BBC, 5 November, 2003, 01:15 GMT.


世界人体巡回展は不法に死体を用いる
南方都市報 2003年11月22日

 キルギス医学アカデミーは35トンの死体を密売をし、驚くべきことにそれらの人体パーツは世界で展示をされていた。

 19日にキルギスの国会議員が、この国の刑務所と病院が35トンの死体と人体器官やパーツを密売をし、その多くがヨーロッパに流出し世界の人体巡回展で展示されていると国会聴訴会上で憤然と厳しく非難をした。

6年で死体35トンを不法売却

 今回の聴訴会で国会議員のタシタベコフ氏は、過去6年間で、死者の遺族の同意を得ていない35トンの死体と人体器官がキルギス医学アカデミーに売られ、医学アカデミーはそれを更にドイツの解剖学者のハーゲンス氏に売り、それらの死体が世界の人体巡回展に展示されていると訴えた。
 彼はハーゲンス教授に直接矛先を向けてはおらず、医学アカデミーで死体を売った人物を調査している。彼はドイツにも行き死体の更なる調査を行なっている。 これらの死体は大部分が死亡した囚人や病人や精神病患者だという。

世界巡回展に死体が用いられている

 ハーゲンス教授はキルギス医学アカデミーに小規模な解剖センターを持っている。今年10月に彼は世界人体巡回展の組織を開始し、巡回展は英国、ドイツ、シンガポールなどで開かれている。

 ビデオ録画による証言で、キルギス医学アカデミーの医学者のジャビトフ氏は、ハーゲンス教授の「ボディワールド」の巡回展の死体のうち1/3がキルギス人だと確信していると述べている。

 今回の聴訴会で、ハーゲンス氏は極力自己弁護するため、タシタベコフ議員を「職業的嘘つき」と呼び、ジャビトフ氏の証言を否定した。
 彼はかつてキルギス人の死体を使って研究をした事があるが、使用後は学生の解剖実習のために医学アカデミーに提供し、彼は巡回展のために十分な献体の来現があると述べた。

 ハーゲンス教授は先月、巡回展で違法に死体を使用し、キルギス人の死体を使用した嫌疑で、キルギス国会の聴訴会に呼び出された。
 その時このスキャンダルは全国を震撼させ、キルギス医学アカデミーに警察の捜査が入ったが、国家衛生部はスキャンダルの影響を考え11月初めにこのアカデミーの院長を免職した。(周全)

[訳=岩谷] (原文:中国語)
南方都市報 (周全). 『世界人体巡展非法用屍 』, 2003-11-22 10:21:01. [南方論壇]


人体博士が死体の疑惑を晴らす
BBC 2004年3月10日


多くの人々がショーを訪れた

 グンター・フォン・ハーゲンス氏は昨年、中国とキルギスから入手した人体を使用した事で複数のメディアから批判をされた。

 しかしドイツのハイデルベルク検察は死体は病院などの施設から合法的に売られたものだとした。

 1996年の開始以来、1400万人近い人々がハーゲンス博士の巡回ショー「ボディワールド」を訪れた。

 一部のドイツメディアは、人体がキルギスの精神病院や通常の病院、刑務所は医学部から来たと報じている。

 また人体は中国の同様の施設や公安から来たとも言われている。


ハーゲンス博士は、死体の多くは献体だと言っている
 検察によれば、死者の親族が引き取らなければ人体の管理は合法のため、ハーゲンス博士がそれらの施設から死体を購入したのだという。

 ドイツの雑誌「デア・シュピーゲル」は今年初めにハーゲンス博士が中国の死刑囚を用いた疑惑を報じた。

 この科学者は、人体の一部が死刑囚である可能性を排除出来ないと述べている。 ハーゲンス氏は当時このように語っていた。 「私は完全に除外は出来ない。なぜなら死刑囚の体がそうとは分らずに私達に届けられたかどうか知らないからだ」

 ハーゲンス博士は、死体は通常献体を入手していると述べた。

 4500人以上の人々がその死後に身体を彼の展示に献体すると申し出ている。

有名税

 この医学者は、教授の肩書きを使った事で14万4000ユーロの罰金を課された事で先週論議の的となった。

 ハイデルベルクの検察によってハーゲンス博士は「アカデミックな肩書きの乱用」で有罪となった。

 彼の肩書きは中国の大学から与えられたものだが、ハイデルベルク大学は彼がそれがドイツで得た肩書きとの印象を与えていると苦情を言っていた。

 子供の死体や馬も展示する「ボディワールド」展は多くの国でセンセーションを巻き起こした。

 昨年スコットランドのエディンバラ市評議会は、それを深いに感じる人々がいる事で展示を拒絶した。

2002年にロンドンでショーが開かれた。それは55万人以上の入場者があり大成功だった。

[訳=岩谷] (原文:英語)
中央社 (陳倖嫚). "Body doctor cleared over corpses", BBC, 10 March, 2004, 09:58 GMT.

脚註:(脚註を見る)


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