「エコテロリズム」という言葉を目にするようになって久しいが、少なくとも日本語媒体では初めてその全体像や歴史を解説した本『恐怖の環境テロリスト』が3月に出版された。
この本の著者は昨年7月のフジテレビの土曜プレミアム『渡部陽一が撮った! これが世界の「戦場」だ 突撃!サムライジャーナリスト』で「日本で最もシーシェパードの活動に詳しい」と紹介されていた産経新聞外信部の佐々木正明記者である。[>>1]
日本で環境テロと言えば即シーシェパードの事を指すほど、毎年の南極海での調査捕鯨への過激な妨害行為や和歌山県太地町のイルカ漁師へのハラスメント行為で日本で認知度の高いシーシェパードだが、この本のメインテーマはむしろ、建前上「非暴力」で「合法的」な活動としているシーシェパードよりもむしろ、欧米で被害が相次いでいる動物保護や環境保護を理由に物理的破壊行為や脅迫などの非合法活動を行う本物のテロリストに関してである。
物理的破壊工作や脅迫を行う環境テロ
1970年代以降にイギリスにおいて始まったこういった環境テロとは、動物愛護や環境保護を旗印にした破壊工作を伴うもので、動物殺害を伴う産業施設や、自然環境の破壊を伴う開発を行う企業施設の爆破や放火、その関係者をターゲットにした嫌がらせや脅迫事件が英米では相次いでいる。
ここで筆者が挙げるのは1976年に発足した動物解放戦線 (ALF) と1980年に発足した地球解放戦線 (ELF)、SHACなどの組織である。
これらの団体の手法は動物実験、毛皮産業や食肉産業などの施設に侵入して動物を解放し施設内部の映像を撮影して公表したり、道路を封鎖するなど森林伐採などの開発を妨害し、その産業によって利益を得ている業界への経済的ダメージを与えるために物理的破壊行為や脅迫、ストーカー行為など犯罪のボーダーを越える事を厭わない過激派である。
筆者は環境活動家を 1) 動物愛護家、2) 活動団体の支援者、3) 自ら活動を行うボランティア、4) 活動団体員、5) 環境テロリスト・原理主義者の5段階に分類し、単なる動物好きがワトソンなどの煽動家の偏った情報に触発され知らぬ間に狂気の道へとさまよい込んでいると指摘する。
表の顔と裏の行動
シーシェパードやPeTAのように非営利団体として法人登録をしている公的な組織と違い、これらの過激派団体は実体を持たず単独か少人数で行動を起こす自主行動の個人の集合体であり、ネットで情報交換をするメンバー同士もお互いに誰だか知らないのだという。
筆者はこれを「原理主義者のオモテ戦術、ウラ組織」と表現する。「ジギル博士とハイド氏」のように普通の市民生活をしている人物が過激派活動家のもう一つの顔を持ち、人知れず単独活動で破壊行為を行って逮捕された医学博士の例が挙げられている。
エコテロリストに転身し易い人物の特徴として 1) 白人、2) ミドルクラス、3) 高学歴の3点がニューヨーク市立大学のジェームズ・ジャスパーによる指摘を本書では例に挙げている。
高学歴中流の白人は自らの権利について闘う必要はなく、特権を持たないグループの権利拡張運動を繰り広げる事が出来るのだという。
反エコテロ法によって過激派が英米外に流出
2002年にFBIの報告書で「エコテロリズム」の用語が用いられて以降、英米では反エコテロ法が整備されるなど環境テロに対する取り締まりが強化されているが、オーストラリアを本拠地にシーシェパードの日本の捕鯨船団への攻撃キャンペーンが開始したのもその時期である。
これらの英米から締め出された過激派が活動の場を求めて法整備の進んでいない海外に流出しており、シーシェパードがキャンペーンで大成功した日本は特にその格好のターゲットになる危険性があるという。
実際シーシェパードが2003年に太地町に進出し2005年から日本の調査捕鯨への妨害キャンペーンを始め、それがアニマルプラネットでテレビ番組になり、2003年から2011年の間に寄付金額が28倍にまで急成長をしている。
日本のバッシングをすれば寄付総額が上がるという、そういった錬金術をシーシェパードが示してしまったため、環境保護・動物保護産業が日本を狙っていると筆者は指摘する。
SF小説やテレビに影響された新世代
70年代の反戦反核運動に端を発するエコブームで出て来たワトソンなどの第一世代、エコテロのSF小説に触発されネット時代に活発したALFなどの第二世代に対し、テレビ番組を使ったシーシェパードのキャンペーンに育てられた第三世代が集結する場所が太地町であるという。
米国で逮捕された環境テロの中枢メンバーが最近刑期を終えて出所しており、その原理主義者と関わりの深い筋金入りの活動家が実際コーヴガーディアンとして太地町に来ている。
情報量の多い一冊
佐々木記者の一昨年の前作『シーシェパードの正体』はシーシェパードと捕鯨関連にテーマがより絞られ、メンバーへのインタビューや著作、テレビ番組からの引用がふんだんに用いられたジャーナリズム的な構成だったのに対し、今作は膨大な情報量をまとめたリサーチ論文的な一冊である。日本と関わりの深いテーマとして太地町と『ザ・コーヴ』を取り上げた第一章、英国発の環境テロ団体の概要をまとめた第二章、そしてシーシェパードの手法と錬金術を扱った第三章は実際は導入であり、第四章の環境活動の思想史でより本質に迫り、各国の環境テロ撃退策を扱った第五章がこの本のメインセクションである。
環境活動家という多種多様な烏合の衆の情報を体系立てて纏めるのは、特に表に出て来ない活動家を扱うのは英語による膨大な調査が必要とされる気の遠くなるような作業であるが、この本をスタートにして更なる調査・研究が行われ、日本が主要ターゲットになっている現状を踏まえた法整備に結びつく事が期待される。
雑感:
漠然とした疑問に答えてくれる本
日本でシーシェパードの妨害活動が特に話題になって来たのが、シーシェパードメンバーが捕鯨船に侵入したり、オーストラリアの反日CMや反日テレビ番組が話題になった2007-08年シーズン辺り以降だと思う。
尤もそれ以前からオーストラリアで日本人墓地が破壊されたり、ネット上でも反捕鯨系のヒステリックなコメントも目に付くなど、当時はなぜ欧米で鯨が特別なのか、なぜ特にオーストラリアで反日風潮が強いのかなど漠然とした疑問を持っている人が多かった。
これを文化摩擦と仮定してキリスト教に答えを探してみようと試みてみたのだが結局明確な答えは何も見つからなかった。
その後YouTubeやフェイスブック等での反捕鯨支持者の発言を見る機会が増えたのだが、それらを見てピンと来たのが2007-08年に英仏や北米で起こったフリーチベット運動だ。
北京五輪の1年前にエベレストや万里の長城で横断幕バナー抗議を行って中国当局に拘束された活動家は、グリーンピースやラカス協会、ミツワー同盟、森林保護団体『酸素共同体』などダイレクトアクション団体のメンバーである。
彼等は2007年4月という時期に最新鋭のHDハンディカムと当時サービスを開始したインマルサットBGANを用いて衛星中継を行い、当時開始して間もないYouTubeに証拠動画を投稿するという方法で中国当局を牽制し3日で解放されている。
![]() 2007年4月25日、エベレストの中国側ベースキャンプで「フリーチベット」の横断幕を拡げ衛星中継でチベット国歌を斉唱したSFTのプロテスト。実行メンバー5人が中国当局に55時間拘束された。 (Students for a Free Tibet) |
![]() 2007年8月7日、万里の長城の「フリーチベット」プロテスト。実行メンバーを含む8人が数時間拘束された。(Students for a Free Tibet) |
2006年8月、オレゴン州の森林伐採開発への酸素共同体の抗議活動。道路に座り込み工事車両が通行出来なくするなど非暴力手段で直接的妨害行為を行うのがダイレクトアクションの手法だ。 (Oxygen Collective) |
![]() 2001年9月23日、911テロ事件の後にデンバーで平和を呼びかけるミツワー同盟。工事クレーンに吊された垂れ幕にはダライ・ラマ、キング牧師、キリスト、ガンジーが描かれている。派手なパフォーマンスで注目を集めるのもダイレクトアクションの特徴である。 (The Ruckus Society) |
シーシェパードは自らを「ダイレクトアクション団体」と呼んでいるが、こういったダイレクトアクション自体がガンジーやキング牧師を思想的原点としており、実際彼等の思想的背景は非常に共通している。
この辺りは『恐怖の環境テロリスト』の第四章で詳しく説明されている。
このシーシェパード問題は日常生活に接点の乏しい捕鯨問題という性格上、なぜこういった日本に対する理不尽なバッシングや妨害行為が行われているのかを、多くの人は漠然と疑問を持っていてもなかなかその答えが見つからないという状況だろうと佐々木記者は話していたが、この本はその疑問に答えてくれる一冊だと思う。(了)
関連動画
4月11日に東京・新宿の紀伊国屋書店で行われた『恐怖の環境テロリスト』出版記念の佐々木記者のライブトーク。
昨年7月のフジテレビの土曜プレミアム『渡部陽一が撮った! これが世界の「戦場」だ 突撃!サムライジャーナリスト』のワトソン登場シーン。
関連記事:
・『恐怖の環境テロリスト』佐々木正明著 (評・新潮社新潮新書編集部 門文子) (2012-4-7)・ディスカバリー・チャンネル立てこもり事件 「1人環境テロリスト」誕生の恐怖(前篇) (佐々木正明 2012-4-19)
・ディスカバリー・チャンネル立てこもり事件 「1人環境テロリスト」誕生の恐怖(後篇) (佐々木正明 2012-4-20)
・環境テロリスト 日本に続々上陸中(前篇) (佐々木正明 2012-3-27)
・環境テロリスト 日本に続々上陸中(後篇) (佐々木正明 2012-3-28)
関連エントリー:
・シーシェパード支持者のロジック (2011-10-11)・米国のフリーチベット運動の裏にあるもの (2009-6-5)
・『ヒール・ザ・ワールド』の話 (2009-7-18)
脚註:
- ^ 出版時点では外信部だったが2012年4月よりモスクワ特派員。
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