前エントリーでは、宜野湾市での抗議集会に関するNYタイムズの記事を使った琉球新報のマッチポンプ逆輸入外圧記事の検証をしたところ、随分と内容が改変されていた訳ですが、今回はNYタイムズの大西記者がどうやってこの記事を書いたのかを検証してみようと思います。
前エントリーで掲載した訳文に、それぞれの内容の一致を見る日本の新聞記事やウェブサイトのリンクを貼付けたものが以下です。ただし一つの項目に複数のソースがあったり、どれが第一ソースかどうか一つ一つ確認をするには、この記事で扱われてる題材が多岐に亘っていて膨大な調査量となるため、このエントリーで扱っているのは、とりあえず大西記者が記事を書くのに必要な情報をどこから仕入れたかという点にフォーカスして、比較的入手し易い最近の新聞記事やウェブサイトから「該当記事らしきもの」をピックアップしてみました。
なおこの集団自決の教科書検定問題全般に関しては、沖縄在住の『狼魔人日記』さんのブログで詳しく取り上げられていますので、是非ご参照下さい。
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第二次世界大戦の悲痛な一章を修正する日本政府に沖縄県民が抗議
大西哲光
ニューヨークタイムズ 2007.10.7
【宜野湾市9月30日】既に78歳の高齢で健康もすぐれない金城重明牧師は、第二次大戦も終わり近い62年前に母親と弟妹を打ち殺したその運命の日に関してもはや語りたがらなかった[*1. 東京新聞筆洗2007.4.1]。
![]() Ko Sasaki for The New York Times 米兵と同じ位日本兵に恐怖を覚え、自らの手で母親と弟妹を殺害したのだと金城重明牧師は語った。 |
![]() Ko Sasaki for The New York Times 先月、沖縄の宜野湾市で数千人のデモ参加者が、1945年に彼等の島での集団自決強制の記述を教科書から削除する日本政府の計画を中止するように要求した。 |
洗脳された日本帝国軍兵士達は、勝利の米兵は全ての女性をレイプし地元民を戦車で踏み潰すと信じていて[*2. 毎日新聞2007.6.23]、金城さんの村の人々は自決が唯一の選択だと考えていた。1945年3月に米軍が上陸し沖縄戦を開始する1週間前、彼の村に駐留していた日本兵達は、人々に各自2個の手榴弾を配り、一個は米兵に投げ込み、他の一個で自決するよう指示をしていた[*3. 同2007.9.11朝刊][*4. 同6.3 朝刊]。手榴弾の多くが不発に終わり[*5. 同9.10朝刊]、元地区長が木の枝を折ってそれで妻子を殺害したのを見て[*6. 沖縄通信第45号]、金城さんは兄と共にそれに倣った。
「兄と私は生みの母親を死ぬまで打ち続け、私は悲痛の余り号泣しました。それから弟と妹を打ち殺しました」[*1. 東京新聞筆洗4.1]と、金城さんは彼が牧師を勤める那覇中央教会でのインタビューに答えた。
沖縄の人々が帝国軍に集団自決を強制されたとの記述を新しい高校教科書に含める事を、現在日本政府が拒絶しているため、金城さんが彼の身の上話を再びする事に同意したという事だ。
一つの主語の削除、受動態への変更という教科書内容の変更の提案は、数百ページ中でたったの数単語の話である[*1. 東京新聞筆洗4.1]。しかし表面上は細かい文法上の変更でも、それは沖縄諸島での怒りを増大させるには十分であった。少なくとも過去35年間で最大規模の抗議運動が最高潮に達しており、日本政府に衝撃が走った[*7. 琉球新報2007.9.30]。
日本の高校教科書は過去25年間にわたり、沖縄の人々が帝国軍兵士によって集団自決を強制されたという歴史的事実を受け入れていた。
しかし半年前に、文部科学省による翌年年度教科書の政府検定では日本軍に関する全ての記述を削除するように指導している。検定意見では沖縄民衆は自発的に自決したか、又は強制と感じたとなっている。しかしそれは一体誰によって強制されたのか?
日本兵が自決しなかった様子を見て自決を思い留まった[*5. 沖縄タイムス9.10]と言う金城さんは「もし日本軍がいなければ集団自決は決して起こらなかったでしょう」[*2. 毎日新聞6.23]と語った。
文科省は「日本軍が集団自決を強制または命令したかどうか不明」[*1. 東京新聞筆洗4.1]としながら、政策変更を説明する新たな証拠に言及していない。それでもはっきりしているのは発表のタイミングで、日本政府が公立学校で「愛国心」を強調する新法を通過させた数ヶ月後であると言う事だ。
事実、少なくとも過去数十年に亘り、安倍晋三前首相のような国粋主義の政治家や学者が、日本軍の犯した犯罪についての記述を一掃するために闘って来た。戦時中の性奴隷や大虐殺の記述の消去が最近アジア諸国の怒りを買っているのなら、これはそう言った政府による過去の白塗りが国内で同様の怒りを買った初めての事である。
米軍基地の再編成に沖縄の同意が必要な福田康夫首相の新内閣にとって、この騒動は深刻なチャレンジとなる。来年11月に出版が予定されその翌年の4月から使用される教科書問題に関して、穏健派の福田首相は妥協点を模索している。
しかし福田首相は難しい立場にいる。教科書検定意見をいきなり撤回すれば党内右派の反発を買い、教科書に政治介入しないと言う政府の長年に亘る主張に反する事になる。
第二次大戦中に唯一民間人の陸上戦を経験した沖縄は、19世紀後半に正式に日本に併合されるまでは、独自の文化と言語を持つ独立王朝であった。戦争中、日本兵は沖縄地元民を信用せず、米国のスパイ活動をするのではないかと恐れていた[*4. 沖縄タイムス6.3 朝刊][*8. 同2005.12.28]。
米軍上陸後、日本兵は壕から沖縄地元民を追放し人間の盾として使った[*3. 同2007.9.11]。日本兵に占領された村々では数千人が自決したと考えられている。日本兵のいなかった所では集団自決は起こっていない[*4. 同6.3 ][*6. 沖縄通信45]。
琉球大学社会科学の高嶋伸欣教授によると沖縄に対する差別は現在も存在すると言う[*9. 高嶋伸欣講演2007.6.12]。戦争中に米軍が日本本土に侵略するのを食い止めるために沖縄が犠牲になったように、現在でも在日米軍基地の大半が沖縄にある。
教科書問題に対する政府の最初の対応が沖縄の怒りを高める事になったと高嶋教授は言う。地元局は、教科書検定意見への異議申し立てのために東京に行った沖縄県議員が、文科省大臣や副大臣との面会が出来なかった様子を報じた。その一人である沖縄県議会の仲里利信議長は、教科書問題に不快感を示し、62年の沈黙を破って自らの戦争体験を語った。
仲里さんの家族が難を逃れたガマ (濠) では、彼の家族に日本兵が2個の毒入りおにぎりを手渡し、仲里さんの妹といとこに与えるように言った。彼の家族は山に逃れ、そこで弟が亡くなった[*10. 琉球新報2007.6.21]。
「私はもう70歳ですが、80歳以上の人達の記憶は薄らいでいます。だから今が私達が抵抗出来る最後のチャンスなのかもしれません」と仲里さんは語った。
沖縄県議会と各自治体は教科書検定意見撤回を要求する意見書を可決し、抗議運動の計画を始めた。最も大規模な集団自決の幾つかが行なわれた島々の80代の人達が初めて口を開いた。教師達は集団自決に関して異例の時間をかけるようになった[*11. 沖縄タイムス2007.6.23]。
県立南部商業高校社会科教諭の上江洲由直さん (36) は、検定意見の政治的背景について生徒に「点を結ぶ」事を試みる事だと説明した[*13. 東京新聞2007.10.1]。
「この検定意見は我が国の特別な時に起こっているものです。防衛庁が省に昇格し平和憲法の改正の話が出ています。」と上江洲教諭は語った。
最後の授業を受けて、生徒の玉城美智恵さん (18) は「事実を隠すこの国を恥ずかしく思います」と感想を述べた[*12. 琉球新報2007.10.13][*13. 東京新聞2007.10.1]。
上の世代の沖縄人とは異なり、18歳の末吉歩さんは沖縄に対する差別は感じた事はないとしながらも、「これは実際に起こった事。私は今そう感じます」と語った[*13. 東京新聞2007.10.1]。
その翌日の9月29日に、宜野湾市で主催者が期待した5万人を遥かに上回る11万人以上の人が教科書検定に対して結集した。それは1995年の米国の3人の軍人による12歳少女暴行事件に抗議する8万5千人の大会を上回り、1972年の沖縄の本土復帰後では最大の集会となった[*14. 共同通信2007.9.29]。
戦争生存者の話を聞いた参加者の多くが見るからに心を動かされていた。
仲村ツユさん (65) は「私には耐えられない」と、特に2人の高校生が「私達のおじいさん、おばあさんが嘘を言っていたということでしょうか!」と演説[*15. 沖縄タイムス社説2007.9.30]した後に、涙を拭い続けた。
与那原ノブヒコさん (65) と妻のミサコさん (65) は両方が沖縄戦で親類を失っている。
「父は集団自決の事を私に話してくれました。手榴弾を配られた時の事など。歴史を歪曲する事は同じ過ちを再び冒す危険となります[*16. 沖縄タイムス9.6]」と与那原さんは語った。
また妻のミサコさんは「これは沖縄だけの問題とは思いません。政府の都合によって事実が捩じ曲げられる事は日本全体の問題です」[*13. 東京新聞2007.10.1]と語った。
さてNYタイムズの大西記者の記事を見て全体的な印象は「よく調べてあるな」です。しかしNYタイムズと提携にある朝日新聞の友好会社である沖縄タイムスに情報源が偏り過ぎ、更にかなりの情報を金城重明氏一人の証言に拠ってる点など、そもそも100%抗議集会や金城氏側の立場から書いた客観的な視点や中立性が完全に欠落した記事ではあります。手法としては元ソースを改変する事なく細かく切り貼りして自社の主張にするという非常に手慣れた朝日新聞の手法とも似ています。
ただ結局の所は慰安婦問題と同様に、片や軍や国家の関与を認めるだけの根拠がないとしていて、もう一方は「あったんだから責任がある」という、全然次元の違う所でやってる訳で、アメリカのリベラル紙ならこういう反応だろうというテンプレ通りの記事ではあります。
さて、ここで出て来る疑問は、一体誰がこの記事を書いたのかと言う事です。記事の冒頭には大西記者の署名と「宜野湾市」の表記があるため、大西記者本人が現地に行って取材をしていると言う事になります。だから元ソースのないインタビュー台詞は現場で得た情報と通常はそうなりますが、しかし一件インタビューに見えるようなものでも日本のメディアで既出の発言も多く含むため、一体どこからどこまでがNYタイムズによるインタビューなのかも不明確であり、更に本当に大西記者がインタビューをしたかも怪しいものがあります。
また、NYタイムズに限らず、沖縄タイムスや琉球新報、東京新聞などを併せて見比べると、全くの別人が別な場所で全く同じセリフを言ってる様子が多過ぎるように思えます。少なくとも先エントリーでのNYタイムズと琉球新報の間でも、発言と人物の関係がコロコロ変わるので、一体誰が何を言ったのかに一貫性がなさ過ぎます。
ネット上で得られる情報によれば、大西哲光記者は1969年生まれの千葉県出身で、4歳でカナダのケベック州に移住、米プリンストン大学に通って、1992年にデトロイト・フリー・プレス紙のレポーター、1993年 (24歳) でNYタイムズの記者になり、1994年にニューヨーク市警担当、1995年にニューヨーク市クイーンズ支局長、1998年に西アフリカ支局長 (コートジボアール) に就任、ナイジェリア民政移管の取材や911の後はアフガニスタン従軍記者として赴任、2003年から東京支局長というキャリアの方のようです。
この経歴を見てみると日本での教育を一切受けてない事、NYタイムズ東京支局長就任以前は日本で仕事をした事がない人物のようですが、漫画『嫌韓流』に関して西尾幹二氏がインタビューを受けたらしい点や、本人が朝日新聞のインタビューで「日本人と同じ顔の利点は本音が聞ける事」(2003.9.21 東京朝刊第二面) と発言している辺りから、ある程度日本語を流暢に話せる人物であろうと想像出来ます。
しかし漢字・平仮名・片仮名という三種類の文字を持つ日本語は外国人にとって会話よりも読み書きの方が遥かに習得が困難な言語であり、例えば私が知っている日系二世や子供時代の移民の場合、日本語は親や日本人学校などの環境が整った人なら、会話はある程度出来てもそれでも大人の日本語としては通用しないレベルであり、読み書きに関して日本人の社会人レベルに出来る人など4歳の移民ではまずお目にかかった事はありません。
大西氏はフランス語圏のモントリオールで育ち、米国の大学に行き、ジャーナリストとしてのキャリアは英語圏やフランス語圏 (コートジボアール) のみのため、日本で教育を受けていない人が日本語で書かれた資料を自ら調査して記事を書くという、日本人のジャーナリスト並みの芸当が出来るなどまず考えられません。
しかしこのNYタイムズの記事に出て来る人物は既に沖縄タイムスや東京新聞などに登場しており、またその筋で有名な人物が複数いるなど、この記事は既出の新聞記事の寄せ集めでも十分書ける内容である事から、実際に大西記者がインタビューをしたかどうかはかなりグレーで、恐らく日本の新聞記事などを英訳した資料の提供や、取材の手配などが、沖縄タイムスなどNYタイムズと間接的に提携関係の日本のメディアが全面的にバックアップしていると思われます。
ご訪問有り難うございました。
関連エントリー:
・またオーニシか! 沖縄抗議集会 琉球新報報道の怪 (2007.10.14)
・沖縄集団自決問題 今度はロイター通信 琉球新報報道の怪 Part2 (2007.10.21)
・沖縄のレイプ事件 海外での報道 (2008.2.16)
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以下該当記事:
*1a. 東京新聞 2007年4月1日付コラム 「筆洗」
| 六十二年前、目の前で起きたことが金城 (きんじょう) 重明さんのまぶたには焼き付いている。村長の「天皇陛下万歳」の三唱を合図に、多くの家族が次々と手榴 (しゅりゅう) 弾を爆発させた。約一週間前、日本軍が一人に二個ずつ配った。一つは敵に備えるため、もう一つは自決用だったという▼沖縄県に属する慶良間 (けらま) 諸島最大の島、渡嘉敷 (とかしき) 島での出来事だ。当時十六歳の金城さんには手榴弾が回ってこなかった。だから二つ年上の兄と一緒に泣き叫びながら、石を持った両手を母親の上に打ち下ろした。次に九歳の妹と六歳の弟の命も絶った。どうやったのか記憶はない▼米軍が三月下旬に慶良間諸島、四月一日に沖縄本島に上陸して始まった沖縄戦は「軍民一体」の戦争だった。渡嘉敷島では軍の指示を受けた村長のもと、住民は日本軍の陣地近くに移動させられ「ともに生き、ともに死ぬ」と教えられた。手榴弾の配布は「自決せよという言葉以上の圧力だった」という▼文部科学省による高校教科書の検定では、集団自決を日本軍が強制したという趣旨の記述が修正された。例えば「日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺しあいがおこった」と▼同省は「近年の状況を踏まえると、強制したかどうかは明らかではない」と説明している。自由意思とでも言いたいのだろうか。金城さんは「歴史の改ざん。軍の駐留先で集団自決が起きている。本質はそこにある」と訴えている▼金城さんにとって、語りたい過去ではないはずだ。過ちを繰り返さないため、歴史の証言者になっている。耳を傾けたい。 |
*1b. 東京新聞 2005年5月2日
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記憶 戦後60年 新聞記者が受け継ぐ戦争 沖縄戦 <1> 『集団自決』 消えぬ苦しみ ・・・ 「天皇陛下万歳」。翌朝、村長の三唱を合図に、家族が一緒になって次々と手りゅう弾を爆発させた。不発で死にきれなかった家族はさらに悲惨だった。自らの手で家族に手をかけていったのだ。 金城さんの目前で、へし折った小木を手にした男性が妻子をめった打ちにし始めた。驚きにすくんだが、「これがやるべき死に方なんだ」と悟った。 自分たちを殺してくれるはずの父とは、前夜の逃避行で離れ離れになっていた。二つ年上の兄と二人で、最初に母に手をかけた。泣き叫びながら、石を持った両手を打ち下ろす。母も泣いた。気が付くと声が聞こえなくなり、母の体は動かなくなっていた。次に九歳の妹と、六歳の弟の命を絶った。どうやって手にかけたのか記憶はない。・・・ 渡嘉敷島ではあの日、約三百人の島民が死亡したとされる。兄と死を決意した時、金城さんの耳に「どうせ死ぬなら、米兵に切り込もう」という声が聞こえた。 「皇国民らしく死のう」と思い直し、谷間を出た金城さんが見たものは、全滅したはずの日本兵の姿だった。軍への信頼感は音を立てて崩れていった。捕虜になることで二人は命を取り留めるが、金城さんの戦後もまた、苦悩に満ちたものとなった。・・・
http://www.tokyo-np.co.jp/kioku05
http://www.asyura2.com/0502/war69/msg/813.html |
*2. 毎日新聞 2007.6.23
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<沖縄>教科書検定、国と溝 「自決強制」目撃の女性に怒り
「日本軍がいなければ自決なんかしませんよ」。平和の礎 (いしじ) に刻まれた親せきの名を前に、沖縄県南風原 (はえばる) 町の仲程 (なかほど) シゲさん(77)は悔しさをにじませた。その額には62年前、沖縄戦で受けた艦砲射撃の砲弾の破片とともに、集団自決や日本兵による住民虐殺のいまわしい記憶が刻まれている。・・・ 仲程さんが捕虜になったのは26日。別の日本兵が「日本は負けた。民間人は出て行ったほうがいい」と言ってくれた。当時、「米軍に捕まると、女は強姦 (ごうかん) され、男は戦車でひき殺される」と言われていた。「この日本兵は命の恩人です」。だがおじ、おばらたくさんの親族を亡くした。・・・ http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070623k0000e040055000c.html [魚拓] |
*3. 沖縄タイムス 2007.9.11朝刊
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戦隊長下の軍命証言/「集団自決」沖縄法廷 軍曹が手榴弾配布/金城さん体験証言
一方で原告・戦隊長側は、島にいた金城氏自身が手榴弾が配られた現場に呼ばれていないなどとして、兵事主任の話の信用性に疑問を提起。金城氏が指摘する軍命令について、何を軍命ととらえ、具体的にどう伝えられたか証言するよう求めたという。 法廷は非公開で、原告と被告双方の代理人が終了後に記者会見した。 被告代理人によると、金城氏は、当時の兵事主任だった富山真順氏から「米軍が上陸する約一週間前に、兵器軍曹が役場に青年団や職員を集めて手榴弾を一人二個ずつ渡した。『一個は敵に投げ、もう一個で死になさい』と訓示していた」という話を聞いた、と証言した。 また米軍の上陸時に、軍が住民を危険な陣地のそばに集まるように命じたことは、逃げ場のない島で住民を死に追い込んだことになると指摘。集まった住民の間で軍による「集団自決」命令が出たとささやかれる中、軍の伝令が村長に伝えられたとする元職員の証言などを軍命令の存在の根拠に挙げた。・・・ |
*4. 沖縄タイムス 2007.6.3朝刊
*5. 沖縄タイムス 2007.9.10朝刊
*6. 沖縄通信第45号 2007年4〜5月
*7. 琉球新報 2007.9.30
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県民世論で「包囲網」 結集、政官界に衝撃
高校歴史教科書の「集団自決」検定問題で検定意見の撤回を求める県民大会が11万6千人(主催者発表)を集めたことは、政界・官界に衝撃を与えた。当初「どれくらい集まるか」と危ぶまれた大会に「こんな大勢の集まりは見たことがない」と仲井真弘多知事が驚嘆するほど結集、「国としてもこれだけの参加を見捨てることはできない」(仲里利信大会実行委員長)と関係者の期待も高まる。中央政界も動きは急で、撤回に難色を示す文部科学省に対し、県民世論で「包囲網」を敷いた格好。政界を中心に事態打開を図る動きが今後、一気に加速しそうだ。・・・ (9/30 10:41)
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*8. 沖縄タイムス 2005.12.28
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日本兵「スパイ殺害」記述/琉大保坂教授、米公文書館で発見
【手帳抄訳】 |
*9. 高嶋伸欣講演2007.6.8 (JANJAN 2007.6.12)
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消せるものか沖縄戦「集団自決」 高嶋琉球大教授が講演
「醜い日本人」
沖縄差別の一例が43ページの太田さんの文章にあります。大阪で第5回勧業博覧会 [註:1903年] が催された際、学術人類館に、沖縄婦人2人が「陳列され」説明者が「此奴は、此奴は」とムチで指しながら動物の見世物さながらに沖縄の生活様式などを説明したとあります。 沖縄差別があるために、差別に負けまいとし、他県に負けない立派な教育をやっているということを示すために、沖縄は皇民化教育をより強力に行ったのです。その結果はどうだったでしょうか。沖縄戦でアメリカ兵が1万2000人、日本兵が9万余の死者を出したのに比べ、沖縄住民が15万〜16万人も死んだ事実は何を物語っているのでしょうか、と太田さんは問いかけています。大本営は沖縄を、本土決戦を遅らせるためのいけにえに供し、しかるに戦後沖縄に対する本土政府の取り扱いは周知のとおりであり、占領者アメリカは日本政府の沖縄に対する差別をとことんまで利用し、基地沖縄での数々の人権侵害に対する非難の防壁としてきたと怒りをこめて語っています。太田さんはこの事実には一般国民にも責任があると訴えています。この本は「醜い日本人」というタイトルで69年に出版されたものです。 私はその翌年に初めて沖縄入りし、沖縄人民には人権がなく、交通事故でも“ひかれ損”だと知りました。沖縄の人たちはそれでもくじけずに、おかしいことにすぐ声をあげ、米軍をたじろがせ、復帰を勝ち取ったのです。本土の我々は何をしているのでしょうか? 知識人ばかりでなく、一般の国民には責任があります。私は社会科の教師として、沖縄を非常に重いものと受け止め、特設授業を行ってきました。 82年の文部省の検定で、「日本軍による住民殺害」の記述が削除された時、私は沖縄タイムスに「このことを知っていますか?」と聞いたら、「知らなかった」ということで、私が知らせたから大きな問題となったのです。次の年、文部省が「集団自決を書け」と言い出して書いたのに、今回、その文部省が削除したということで、教科書というものは政治動向をいち早く現すものだということです。・・・ |
*10. 琉球新報 2007.6.21
毒おむすび渡された 県議会議長、沖縄戦体験を語る
1945年2月の夜、通信隊に入っていた父・利吉さんが、ふいに現れた。「今度の戦は負け戦に間違いない。ここにいると駄目だから、すぐにやんばるに行け」。父が手配していた友軍(日本軍)の車で家族9人、宜野座へ避難した。 海からの艦砲射撃が激しくなった4、5月ごろ、ガマに移動した。200人ほどが入れる大きなガマだった。そこは「スパイがはびこってる」「あの人もそう」とたくさんのうわさが飛び交い、険悪な空気が流れていた。 その中で3歳の妹と同じ年のいとこが泣きじゃくった。しばらくして3人の日本兵が来て、「この子たちが泣いてると、敵に発見されてみんな殺される。これを食べさせろ」と毒の入った白いおむすびを持ってきた。家族みんなで話し合ったが、すぐに「家族は一緒だ。食べさせられんさー」と全員でガマを出た。 その後はガマや墓に隠れたが、家族壕を掘るために、弟を背負い、母と3人で山に向かった。ようやく壕が完成し、残りの家族を迎えに行こうと山を下りていくと、2、300メートル先に14、5人の米兵の姿を見つけ、一目散に山へ戻った。 後は別れた家族を捜して、何も口にせずに何日も山を歩いた。母の母乳も出なくなり、弟が弱っていった。恩納村、宜野座と回り、金武で残りの家族と再会できたが、そこにも食糧はなく、弟は満1歳で衰弱死した。「(1年前の)生まれた日の生まれた時間だ」と母が静かに言った。死体は金武に埋めて、戦後掘りに行ったが、捜しきれなかった。 自身の体験と重ね合わせながら仲里議長は「歴史を風化させたら、また戦争への道を歩んでしまう」と危機感を募らせる。「平和を願う気持ちは全県民一緒だよ。この問題は保守革新も関係ない。県議会も全会一致でまとめることに重みがある」。仲里議長の静かな口調に強い決意がにじんだ。(深沢友紀)
(6/21 9:50)
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ここで注目すべき点は、ガマ (濠) の中で沖縄地元民同士で「誰がスパイか」と疑心暗鬼になってる記述です。本土から来た日本軍が沖縄地元民をスパイ扱いしたと言うのが定説だった筈ですが、県議会議長の発言によるとそうではないようです。
*11. 沖縄タイムス 2007.6.23
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教師たちの思い
「『集団自決(強制集団死)』は軍命により引き起こされたという史実が根底から覆されようとしている。子どもたちと事実を確認しながら、考える必要があると思った」 県立南部商業高校社会科教諭の上江洲由直さん(36)は、高校歴史教科書の検定問題を授業で取り上げた理由をこう話した。 「通常一つのテーマを扱うのは二、三時間」というが、「異例の六時間」をかけ現代社会の授業で取り組んだ。 三年七組の生徒四十人に、新聞を使って教科書の記述の変化や、「6・9沖縄戦の歴史歪曲を許さない!県民大会」などを紹介した。中でも「集団自決」体験者の証言を読み込むことに力点を置いた。十二日の授業では、沖縄タイムスに掲載された渡嘉敷村の北村登美さん(97)の証言を朗読した。 「『バーン、バーンとあっち、こっちで始まった。わーわー泣く人もいるし…。ああー、もー…』。登美は『集団自決』が始まった時の状況を説明する言葉を探したが、途中で絶句してしまった」 上江洲教諭はよく通る声で、丁寧に読んだ。生徒はペンで線を引いたり、プリントに顔を近づけたりしながら目を通していた。 最後の授業では、クラスで意見を共有するため、生徒が書いた感想をプリントにまとめて配布した。「体験者の方たちが思い出したくないことを必死で語っているのに、そう簡単に教科書から消していいのか」(城間智貴君)、「教科書から『集団自決』を消してしまうと、いったい誰が真実を後世に伝えていくことができようか」(大城有輝君)、「事実が書きかえられることは駄目だと思う。うそを教えるのは教科書の意味がない」(長田千佳さん)。力強い文が並んでいた。 県立嘉手納高校理科教諭の知念勝美さん(37)は、担任を務める一年一組で、ロングホームルームの時間を利用し、座間味村の「集団自決」の実情が記された「母の遺したもの」(宮城晴美著)を紹介した。約二十分かけて内容を読んで聞かせた。 家長がカミソリを家族の首に当てる場面、朗読していた知念教諭の声が震えた。同時に女子生徒の一人が手で顔を覆った。 知念教諭は授業で、沖縄戦の特徴や「集団自決」についてまとめた書き込み式のワークシートも配った。東京書籍日本史Aの検定前後の記述も掲載されている。 二人は今、「多くの先生に『集団自決』について考え、利用してもらいたい」と、ワークシートを作る計画を立てている。各教員がオリジナルの授業ができるよう、指導案は作らないつもりだ。 上江洲教諭は今後、「小中高や教科の枠を超えて、先生同士のネットワークをつくりながら、自分たちの視点で『集団自決』を含めた沖縄戦の教材を作りたい」と考えている。知念教諭も「子どもたちに『伝える』仕事ができる私は幸せ。教育は平和のため。そう思う」。(社会部・嘉数よしの) |
*12. 琉球新報 2007.10.13
検定問題に異議 寄せ書きし国へ
今回の寄せ書きは生徒からの提案で実施することになったという。上江洲教諭は生徒たちのメッセージを持参して「教科書検定意見撤回を求める県民大会」実行委の15、16日の東京要請行動に参加する。上江洲教諭は「教科書を使っている高校生の声を届けることが大事。文部大臣にはそれを感じ取ってほしい」と話した。 「真実を隠して何がしたいんですか?県民の声が聴こえませんか?」と書いた玉城美智恵さん(18)は「教科書に本当の事を載せないと、自分の子どもにもうそを伝えていくことになる。これは沖縄だけの問題ではない」と訴えた。 そのほか「戦争を体験したおじいちゃん、おばあちゃんたちをこれ以上悲しませないでください」「教科書には真実だけを書いてほしい」「その耳で沖縄の声を聴いてから真実が何なのか考えてみてください」「教科書会社のせいにするのは最低です」といったメッセージもあった。 (10/13 9:34)
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*13. 東京新聞 2007.10.1
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沖縄県民大会 高校生の思い 事実知りたい伝えたい ・・・ 上江洲教諭は、教科書検定で「軍の関与」が削除されたことを知った時、「歴史的事実を根底から覆す問題。生徒たちと事実を確認しながら、一緒に考えなくては」と思った。六月に集中して六時間をかけ、県民大会前日も読谷村での「集団自決」を紹介。このほか、北部農林高校で生徒会が中心になって生徒に大会参加を呼び掛けたことなど、県内の他の高校生の動きを伝えた。 生徒は授業中「親がわが子を殺し、家族の首を切り、殴り殺すことのいったいどこが美しい(死に方な)のか」「(教科書を使う)生徒が一番に立ち上がり、行動を起こすべきだと思った」という感想を書いた。 三年の末吉歩さん(18)は「政府や大臣が代わるたびに事実が変わるのはおかしい」。玉城美智恵さん(18)も「おばあたちがつらい体験を語っているのに、体験してない人たちが事実を変えるのは意味が分からない」と強い疑問を示す。 末吉さんは「事実を知りたいし事実を伝えたい。真実に目を背け、隠そうとする国を誇りに思えない。なぜ教科書を変えたのかきちんと説明してほしい」。 玉城さんは「これは沖縄だけの問題じゃない。日本全体の問題。沖縄戦で起きたこと、国が隠そうとしていることも、日本中、そして世界にも知ってほしい」・・・ |
NYタイムズでは玉城さんが「事実を隠すこの国を恥ずかしく思います」と言い、10月1日の東京新聞[*13]では末吉さんが「真実に目を背け、隠そうとする国を誇りに思えない」と言い、NYタイムズの記事の後に出た10月13日の琉球新報[*12]では玉城さんが12日に「真実を隠して何がしたいんですか?」と言ったとなっている。この二人は同一人物か?
この東京新聞の記事によると、これらの台詞は6月の授業で生徒が書いた感想から紹介されており、一方NYタイムズは恰もインタビューのように書いている。
*14. 共同通信 2007.9.29 17:31
“島ぐるみ”11万人が抗議/沖縄、超党派で県民大会
大会実行委員会によると、約11万人が参加。1995年の少女暴行事件に抗議する8万5000人の県民大会を上回り、沖縄の本土復帰後では最大の集会となった。・・・ |
*15. 沖縄タイムス社説 2007.9.30
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政府の見解を問いたい
・・・ 高校生を代表した読谷高校の津嘉山拡大君、照屋奈津美さんは、おじいさんやおばあさんに聞いた戦争中のことを「それを嘘だというのですか」と問うた。旧軍関与の削除には「嘘を真実と言わないでください。私たちは真実を学びたい。そして次の子どもたちにも伝えていきたい」と訴えている。この声を政府はどう受け止めるのか。・・・ |
*16. 沖縄タイムス 2007.9.6朝刊
| 連載「教科書改ざん ただす」(14) 第1部 体験者 小渡ハル子さん(78)県婦連会長 「子どもたちが、ゆがめられた沖縄戦の歴史を教科書から学んでしまえば、同じ過ちを繰り返す」 県婦人連合会の小渡ハル子会長(78)は、文部科学省の高校歴史教科書検定で、沖縄戦「集団自決(強制集団死)」の日本軍関与の記述が削除されたことに対し、声を張り上げて憤る。・・・ |
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