中国の死刑執行を撮影した写真が数年前からネットで出回っているのを御覧になった方も多いと思います。まだ10代に見える女の子が群集の中を引き回しに合い、銃で頭を吹き飛ばされるところまで撮影されています。
このショッキングな写真は、博訊新聞という在米の反共新聞に2004年の12月13日に掲載されたものです。博訊新聞は2000年にノースカロライナ州で創設、国際政治や共産中国の人権問題を扱う新聞で、ウェブサイトには読者からのニュース投稿も扱い、現在中国では閲覧規制対象となっているものです。
以下博訊新聞のウェブサイトには、死刑囚の女性が連行される様子から頭が半分吹き飛んだ死体の写真まで掲載されているので、これがヤラセでない事が分かります(本エントリーでは残虐画像部分の掲載は見合わせますので元サイトを参照下さい)。
![]() (博訊新聞 2004年12月13日)
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(Modified on 2004/12/13) (博訊 boxun.com)
http://www.peacehall.com/news/gb/china/2004/12/200412130343.shtml
http://www.boxun.com/hero/picshock/5_1.shtml
| 訳:Red Fox (冒頭の編集者付記の部分) |
![]() 「反革命修正主義分子」と書かれた札を下げている事から、これが文化大革命時の写真である事が分かる。(写真:大紀元時報) |
犯罪者を死刑にするというのは中国に限らない話ではあり、歴史的には世界中に残虐な処刑が存在した訳ですが、中国の場合は死刑囚を引き回して晒し者にしたうえ銃殺という前時代的な処刑が現代に行なわれているようです。博訊新聞によれば、 これらの写真は年代不明となっていますが、画像の質から古いものではないでしょう。
知人の中国人によると「中国では死刑判決が出たら15分で刑を執行する。何故なら抗弁をさせないため。刑の重さで死刑方法が異なり、銃殺は重罰という事だ」との事です。最近は移植臓器が必要な時に合わせて死刑を執行する「人間生簀」状態などと言われています。
中国では『罪人などを糾弾する時に、氏名を書いた札に赤バツをつけたものを首から下げて晒しものにする文化がある』というのは聞いたことがありましたが、その習慣は文化大革命の時に盛んに行われていたようです。
![]() 「徳宏泰族景頗族自治州中級民法院宣判大会」と書かれている事から、ここで死刑判決を受けてるのは、ミャンマー国境近くの雲南省の徳宏タイ族チンポー族自治州の少数民族である事が分かる。(写真:博訊新聞) |
また、写真に見られるように現代においてすら見物人が集まっているというのも異様な光景です。見物人には子供が多数、それから赤ちゃんを抱いた女性もおり、これが刑務所内部ではなく一般民衆である事が分かります。集団で連行されてる様子から,これは裁判所の前ではないかと思われます (左の写真など、中国では裁判が集団で行なわれるらしい)。
![]() 文革時の糾弾大会:左より「黒幣分子」(汚職)、同、「土皇帝」(地方権力者)、「反革命分子」(写真:博訊新聞) |
しかしこの光景は、一昨年のBBCの記事におけるティルマン・ダーディンによって描写されていた『南京大虐殺』の一場面と酷似しています。
参考までにそのBBCの記事の訳をここに紹介します。この記事で描かれている日本兵と、死刑執行写真の人民解放軍兵士の酷似性は偶然でしょうか? 赤のハイライトが該当部分です。
![]() |
歴史の恐怖:レイプ・オブ南京
1937年12月から1938年3月にかけて、近代史上最悪の大虐殺の一つが起こった。日本軍は中国の都市の南京を占領し、殺人、レイプ、略奪の限りを尽くした。
BBCニュース 2005.4.11 10:23 GMT 11:23 UK
![]() 何千もの死体が溝に埋められている |
西欧人居住者によると、2万人の女性がレイプされ多くの民間人が殺害されたと言う。
しかし日本政府関係者や歴史学者はそのような規模の大虐殺があった事を否定している。
彼等は殺人やレイプは認めているが、報告されているよりも遥かに小規模であると言っている。どのような場合でも戦争であればそのような事は起こると主張している。
日中戦争
1931年に日本人が運営する鉄道爆破事件の後に本は中国の満州を侵略した。中国軍は太刀打ち出来ず、日本は中国領の広大な範囲を手中に収めた。
その後は、中国が国共内戦に苦しんでいるのを横目に、日本は支配を強めた。南京を首都にする国民党は蒋介石に率いられていた。
![]() 日本軍の勝利の入城 |
最初は日本が優勢であったが、日本が上海を破る前に中国が防衛に成功した時期があり、そして迅速に南京に移動した。蒋介石の軍は既に去った後であり、日本軍は簡単に占領した。
近代稀に見る残虐行為
当時、日本軍は残虐行為をするなどとの評判はなかった。1904年から1905年にかけての日露戦争では、日本軍の指揮官は敵に対し礼儀を重んじていた。しかし彼等の態度は中国においては丸っきり違うものであった。
日本の各紙は、日本軍の少尉達が、中国人殺害の人数を競い合っていたと報じている。
ある日本の新聞記者は、死刑執行を待つ中国人の列が揚子江の両岸に続いているのを、そしてそこで大量の焼死体を見たと言う。当時撮影された「死体の山の間に笑顔で立つ日本兵」の写真は、現在南京市内に展示されている。
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ミニー・ヴォートリン 南京在住米国人女性 |
「私は当時29歳で、またこのニュースはニューヨークタイムズにおける最初の特ダネとなった。私は船着き場まで車を運転したが、ゲートに行くためには積み重なった死体の上を通らなければならなかった。私は死体の上を運転しなければならず、そして船着き場で待っている間に川岸で見た光景は・・・タバコを吸い雑談しながら、中国兵士の殺害の様子を見ている日本の将校達であった。15人程の中国兵が並べられ、マシンガンで撃たれていた。」
現地を離れようとしていたその時、10分間に200人が処刑され、それが日本軍の見物人にとって明らかに楽しみであったように見えた。彼は、「レイプ・オブ南京は近代史で稀に見る残虐行為である」と締めくくった。
「記憶が消える事はない」
![]() 犠牲者の中には生き埋めにされた者もいる |
この救出に関わったアメリカ人女性のミニー・ヴォートリンさんは、アンネ・フランクに例えられる日記を残した。
12月16日付けの日記では「今この都市ではありとあらゆる犯罪が繰り広げられている。(彼女が働いてた) 学校では昨晩30人の女の子が連れ出され、自宅から連れ出された12歳を含む女の子達の胸が張り裂けそうになる話を今日は聞かされた。」
彼女は後に「一体何千人が銃や銃剣で殺害されたか私達は知る由もありません。多くはガソリンをかけ燃やされ、炭化した死体はそれらの悲劇を物語っています。それに続く10日間の記憶は今となってはおぼろげですが、私や当時南京にいた人々の記憶の中には一生忘れられないものが確かにあります」と書いている。
ミニー・ヴォートリンさんは1940年に神経衰弱になり米国に戻り、翌年に自殺をしている。
またナチス支部長のドイツ人ジョン・ラーベ氏もまたその恐ろしい出来事を目撃している。彼は国際安全区の責任者となり、自身が目撃したものを記録しており、一部はフイルム撮影されたが、ドイツ帰国後にナチスによって焼却されている。安全区である筈の地区内でのレイプその他の野蛮行為を彼は記録している。
自白と否定
第二次大戦終結後、南京にいた日本兵の一人が自分が見たものに関して語り始めた。
![]() 日本軍は冷酷非情だった |
東さんは証言する事によって苦しめられたと言う。「京都での戦争展で私は証言しました。私を最初に批判したのは東京から来た女性だった。私が戦没者を傷つけていると彼女は言いました。彼女は3-4日間何度も電話をかけて来て、手紙もどんどん来るようになって、警察による警備が必要なほど酷い嫌がらせを受けました。」
しかしながら、このような証言は日本では最高レベルに軽んじられている。
永野茂門元法務大臣は大虐殺自体を否定し、それは中国側の捏造だと主張した。池永三郎教授は、教科書における戦時中の日本の残虐行為の事実の掲載を許可しない日本政府を相手取った訴訟に長年を費やし、僅かな成果しかあげていない。
日本の一般層にも(大虐殺の)反対意見はある。中国人と香港映画会社が『南京1937』を1995年に制作したが、日本公開まで数年を要した。
日本の将校はタバコを吸い雑談しながら殺害の様子を見ていて、15人程の中国兵が並べられてまとめて撃たれていて、見物人が処刑の様子を眺めていて・・・そのまんま現代の人民解放軍ですね。
BBCもよくぞここまで悪意に満ちた記事を書くものだと思いますが、所謂「日本軍の蛮行」と言われているものが、ことごとく中国に存在するというケースが多過ぎるように思えます。この記事中の「南京」を全て「文革」、「日本軍」を「人民解放軍」に置き換えても、そのまましっくり来る記事になりそうです。
関連エントリー:
・歴史から消された広安門事件と廊坊事件 (2007.7.11)
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・英語・中国語版Wikipediaにおける大山事件と第二次上海事変の記述 (2007.8.18)
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・上海事変における中国人による日本人捕虜の残虐処刑 (2007.11.4)
・日本人捕虜の残虐処刑写真に関する中国人の議論 (2007.11.9)
・中国の死刑写真とBBC『南京大虐殺』の酷似 (2007.10.28)
・河北省農村襲撃事件のビデオ (2005.6.17)
・生きた牛が虎の餌 中国のサファリパークの残酷見せ物 (2007.5.25)
・現代中国の私刑 (2008.1.22)
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